ざあざあ、と。
殺人が起きた不気味な館に響く、不安に苛立つ気持ちを更に逆撫でするような音に紛れて。
ぱたぱた、と。
この館に閉じ込められた連中の中で唯一、自分の無事よりも他人が犠牲になった事を悲しむことが出来る、ある意味一番人間らしさを失わない子どもの。
情けないまでに酷く怖がりなくせに、なんとか新たな殺人を食い止めようとして、凶器になりそうなものを必死に探し館中を走り回る音が聞こえてくる。
ぱたぱた、と。
何度か扉の前を往復するたったそれだけの音に、不安にさいなまれささくれ立つ心がおかしな程に鎮められて。
子どもの名前そのままに、館の中とはまるで対照的に場違いな穏やかさをもたらしていく。
(…今日は誰を助けてるんだ?)
足音を響かせている子どもだけは、決して犯人ではないと、そう信じられるからこそ。
気が付けば遠のく足音にふと寂しさを覚え、くわえていた煙草を灰皿に押し付けて。
邪魔な雨音からそれだけを聞き取ろうと、まるで役に入る時のように瞳を閉じて集中すれば。
遠のいたと思っていたその音が、また近付いて。
『暗石さん?』
それが自分の部屋の前で止まったと気付くと同時に、おずおずとした声と共に遠慮がちに扉を叩く音がした。
「お前だけだろうな」
『はい、僕だけです』
怖がりな子どもの訪問は、その足音以上に酷く安堵をもたらすもので。
「何が聞きたいんだ?」
「え、えっと…」
扉を開けて招き入れてやれば、疲れきっている子供が時折ふと見せる、泣きそうになるのを我慢しているだろう濡れた瞳に目を奪われた。
「……暗石さん?」
必死になって皆を助けるために奔走する、この人の好すぎる子どものために自分が出来る事は少なすぎて。
「なんでもねえよ。…毎日飽きもせず俺の部屋に通い詰めるお前に、ちょっとばかし感心してただけだ」
命を守られたが故に自分の心の拠となっている子どもに、こちらから与えてやれる事はほとんどないからこそ。
ぱたぱた、と、その足音を響かせてこの部屋を訪れるその度に、この館の中では一番脆く儚い『信頼』と言う感情を、与えられるだけ与えてやろうと。
「ええと…暗石さんとお話するの、僕、好きですよ?」
「……そうかい」
演技ではなく、自分ですら出来ると思わなかった、心からの笑みを浮かべて。
「物好きだな、お前」
時折聞こえる足音だけでは不安で、遠のくそれに寂しさを覚えて。
子どもが自分の側にいる、この僅かな一時を愛しく思う。
【居ないと不安・完】