気が付くと、壮くんは僕を抱き締めてることが多い。
抱き締めるって言っても、真正面からぎゅっとじゃなくて。
決まって背後から、身長差のせいか僕の肩口へ顎を乗せるようにして、きゅっと抱き締めてくる。
しかもいつもは自分の部屋とか、外でも誰もいないところとか、ちゃんと選んでいるのに。
たまに、待ち合わせの時にぼんやり立っていると、そっと後ろから近づいてきていきなりきゅっと抱き締めてくるから。
…驚いて大声で叫んだら、煩いって怒られた。
ただあんまりそういう事が多いから、一度「どうして?」って聞いてみたけど、壮くんは「なんとなくだ」ってしか答えてくれなくて。
僕としてはなんかはぐらかされて納得行かないんだけど、でも、その時の壮くんの顔が真っ赤で。
指摘したら怒られるから、絶対言わないけど、その時の壮くんは耳までも赤くなっていたから、僕はそれだけでいいやって思ってる。
だって赤くなるってことは、少なくとも嫌われているからじゃないし。
よく判らないけど、こんなに頻繁に抱き締めてくるってことは、壮くんが僕に何か不安を感じているんじゃないかって、そう思って。
僕からもきゅってしたらいいのかな、なんて考えて、試しにやってみたんだけど。
「勘弁してくれ…」
この呟きに、僕はぱっと身体を離した。
「うわ、何で泣きそうになってんだよ和!?」
「だって、僕は壮くんにきゅってされると嬉しいけど、壮くんはそうじゃなかった…から」
「違う違う!そうじゃねーって!!」
そうしたら、壮くんは大慌てで僕の肩を掴んで抱き寄せて。
そのまま、いつもと違って真正面からぎゅっとしてくれた。
「はー…」
「壮くん?」
「ああ、やっぱりこっちの方がいいな」
「え?」
ぎゅっと抱き締められたままで動きにくかったけど、それでも僕が何とか顔を上げれば、壮くんはちょっと腕の力を緩めてくれて。
そして視線をあわせるように、僕の顔を覗きこんでくれた。
「和が」
「僕?」
「ただでさえ危なっかしいってのに、何かってーとふわふわしてて、そのうちどっかに飛ばされんじゃねーかって」
「………」
「だから…不安になる度、お前のこと抱き締めてた」
壮くんはいつものように赤くなることもなく、とても真剣な目で僕を見て。
そのことに僕が驚いて固まってしまっていると、壮くんは小さく「ごめんな」って何故か謝ってくれて。
何かを言いたくて仕方がないのに、僕の言葉はどうしても声にならないから。
「和?」
ただ謝って欲しくなくて、僕は壮くんへ自分から力一杯抱きついた。
「おい和、こんなことしたら俺は調子に乗るぞ」
「いいよ」
「和!」
「いいんだってば!!」
ほとんど逆ギレみたいに言い返してみれば、壮くんは驚いたらしくもう何も言ってこなかったけど。
……自分から力一杯抱きついてみて、言葉にならない僕の声と、さっきの壮くんの呟きがなんとなく解った気がした。
「…ね」
「あん?」
「やっぱり、僕もこっちがいい」
「……?」
「後ろからきゅってされるの、嫌じゃないし好きだけど。……壮くんとは、こうして向かいあってぎゅっとする方がずっといいよ」
「…………いや、でも、それはな」
「だって僕、壮くんが好きだから」
「!!」
思わず出た言葉に壮くんは物凄く驚いて僕を見返したけど、それと同じくらい、ううんそれ以上に僕自身が驚いて。
壮くんがあんまり驚愕してるから、ひょっとして凄く迷惑だったかなって、思わず顔を伏せたその時。
「何でお前が先に言うんだよ!」
「うわあ!!」
さっきよりももっと強く、今までにないくらいの力で抱き締めてきた。
「壮く…っ」
「くそっ、好きだって言うのは、絶対俺からだって思ってたのに」
「え、ええと、ごめ…」
「謝んな」
「でも、あのね」
「謝んなってば!……あーもう、今まで一人で我慢してた俺が馬鹿みたいじゃねーか」
そう言いながら壮くんは僕をぎゅうっと抱き締めて、きゅ、とされるときと同じように、身長差から丁度肩の所に顎を置いて。
それからもう一度、今度は成り行きでもなんでもなく、きちんと僕に「和が好きだ」と囁いてくれた。
自分で自分の気持ちに気付けない、そんな自分が情けなくて。
今まで気付けなくてごめんね、って謝れば、壮くんはちょっと考えてからにやりと笑って僕の顎を掬い上げた。
「別にいいぜ。散々我慢させられた分は、今からきっちり埋めあわせしてもらうから」
壮くんに背後からきゅっと抱き締められる、本当の意味を知らなかった僕は。
こうして正面からぎゅっと抱き締められて、そして自分からも抱きついてみて、漸くその意味に気付く。
かけ慣れた眼鏡が邪魔だな、なんて思いながら、僕らは初めてキスをした。
【きゅ、とぎゅ、・完】