一柳和は甘いものが大変好きである。
そして磯前忠彦はそんな和に大層甘く、ロケで地方に赴く度に必ず一つは土産を買い求めているのだが。
「おら、土産だ。丁度食べ頃のを選んで来たからな、包丁なんてモンを使わねえでも綺麗に皮が剥けるぞ」
今回もそれは例にもれず、磯前は買い求めた桃を片手に和の元を訪れていた。
「あっっっまーい…美味しい、忠彦さんこれすっごく甘くて美味しいです!」
手で皮が剥けると言われたことに半信半疑だったらしく、爪を立てた時はまさに恐る恐るだったのに。
抵抗なくつるりと皮が剥けた事が余程気に入ったのか、和は感嘆の吐息を漏らしながらかぷりとそんな音がしそうな仕草で桃にかじりつき、その度に口に溢れんばかりになる果肉と果汁に目を細めていた。
「気に入ったんなら何よりだ」
そんな和の口の端にいつのまにか軽く伝う果汁を目に止め、磯前は苦笑まじりにそれを拭ってやりながら応えてやる。
「ただひこさんは?」
「ん?」
「たべないんですか?」
与えられ促されるまま素直に桃にかじりついていた和は、半分以上食べたところで磯前が食べていないことが気になったらしい。
「日持ちの関係であんまり買って来なかったしな。第一この桃は全部お前に買ってきたんだ、気にするな」
「でも」
口の端を磯前に拭われながらも桃から口を離さずにいる事にまた苦笑すれば、その理由が分かっていないのと自分だけが食べている事に納得がいかない和が首を傾げてみせると。
「それに俺にとっての食べ頃は他にあるしな」
「…ぅわっ」
桃を持っているからこそ必然果汁まみれになっている和の手に唇を寄せて、幾筋にも伝うそれを拭い取るように舌を這わせてゆく。
「ほれ見ろ、お前が食べ頃になってる。…見事に汁まみれじゃねえか」
「ち、ちょっと忠彦さん!」
「色が変わっちまう前に食え。…こっちは気にしねぇでいいからよ」
「しますよ!」
ただ手を舐められているだけと、そう割りきる事など到底出来ないのを分かっていて止めようとしない磯前に、和は桃をかじることも磯前を止めることも出来ず真っ赤になってうろたえるばかり。
…さてはて本当に甘いのは桃か和か磯前か。
【いただきます・完】