これも愛の試し方


三笠尉之は固まっていた。
それはそれは盛大に、けれど傍から見ればいつもと変わらぬ仏頂面で、それでもしっかりと固まっていた。

「…ん…」

つい先ほどまで、三笠はいつものように撮りためていた猫の写真をプリントアウトした上、それらを床に広げて可愛らしさを堪能しつつ整理に勤しんでいた。
そして同居人である和は邪魔をしないようにと、部屋に居つつも若干離れた位置で持ち帰った報告書を仕上げていた…筈だった。

互いが側にあることが当たり前になっている二人は、揃って別の作業を黙々とこなし言葉を交わすこともなかったけれど。
この空間にあるのは、自分が心に決めた存在と言う確かなものだったからか、その沈黙が心地よいと感じていた…のはいい。

床にはいつくばるような格好で写真を吟味していたせいか、些か無理な格好を取っていた分身体の凝りが限界を訴え、そこで三笠が休憩をしようと背後の和を振り返ったところで事件(?)は起きた。

「な…!」

黙々と報告書を仕上げていたはずの和が、いつの間にやらこくりこくりと舟を漕いでいたのだ。
床一面に広げていた写真を踏んでなるものかと、三笠は己の長いコンパスを生かしてそこを避けて越え和の側に飛び込んで。
飛び込むと同時にノートパソコンに向かい前に揺いでいた和の身体を寸でで抱きとめ、そのまま自分の方へと引き寄せて事なきを得た…筈だったのだ。

「…………なぜこの状態で目を覚まさないんだ」

勢いが付いていた分結構な衝撃でもって和を抱き込んだのに、当の和は三笠に抱き込まれるまま為すがままで、目を覚ますどころか本格的に夢路へと旅立ってしまったらしい。

「おい」
「……」
「こら」
「……」

片膝を立てて座り込むという抱き込むには些か辛い態勢になっている三笠は、せめて姿勢だけでも直したいと和を起こしにかかるが、声をかけても軽く揺すってみても和が起きる気配はなくて。
それどころか「くふん」と甘えるように鼻を鳴らして三笠の腕に身体を預けてくるものだから、うっかり絆された三笠は起こすことが出来ずに和の寝顔を凝視してしまう。


…けれどそこまで。


「お前…これは俺を試しているのか」

くうくうと無防備に寝姿を晒されれば抱きとめるだけで満足できるはずもなく、色々と手を出してしまいたくなるのが男の性なのに。
悲しいかな、以前それで寝ている和に本気で手を出したら珍しくも本気で怒られ、次に寝込みを襲ったら実家に帰る宣言を受けているため、なかなかどうしてこれ以上手を出すことが出来ないのだ。

そもそも帰る先の実家が和の生家である一柳豆腐店でなく、共通の友人である高遠日織の家なのだから始末に負えないのだ。


安心しきって寝ているのを起こすのは忍びない。
けれど自分の今の姿勢は些か辛い。
しかも寝顔を見ていると、こう、もやもやっと悪戯心が湧き上がるのは仕方がない。
それでもいざ手を出してしまえば…正直最後まで止まらない無駄な自信がある。


猫として飼い主に甘えたい衝動と、恋人として和を守ってやりたい庇護欲と、惚れた相手を腕に抱いてこみ上げる男としての性と。
一人呑気に寝息を立てている和を腕に、三笠は一人それはそれは盛大に、けれど傍から見ればいつもと変わらぬ仏頂面で、それでもしっかりと固まっているのだった。


和が目を覚ますのが先か、三笠の我慢が限界を迎えるのが先か。
傍若無人で尊大な身体どころか態度も大きな飼い猫が、人畜無害で気弱を絵に描いたようでいてその実手綱はしっかりと握っている飼い主の、無言の待てを守れたのかどうかはそれは二人のみぞ知るところ。


【これも愛の試し方・完】


いつもお世話になっておりますののりしろさまへ、サイト二周年のお祝いにと捧げたSSです。
…お祝いの割にいつもの調子で色っぽくないどころかみーさんが尻に敷かれている点が
今まで以上に露呈された内容で申し訳なく。でもうちの二人はこれがデフォ!(え)
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