世の中に、こんな絵に描いたような巻き込まれ体質の人間がいていいのかと半ば本気でそう思ったし(しかも今でも思っている)、それに加えて迷惑を迷惑と気付きもしなければ感じもしない懐の広さ(但しこれは誉めているのと呆れているのが半々だ)、止めは止せばいいのに頼まれ誘われれば嫌だと言えない流され体質。
出会った時は閉じ込められた山奥の館で殺人事件に巻き込まれ。
その後、ひょんな事で付き合い始め、その存在が磯前にとってなくてはならないものになった頃に、誘われ出かけた外国の城で洒落にならない狂言に振り回されて。
挙げ句今度はその城の主人から、遺産相続人について相談事があると呼び出しを受け、二つ返事で了承してしまったと言うから開いた口が塞がらなかった。
「お、怒ってます…、か?」
「………」
またしても日織と旅行に出ると、しかもその行き先が件の伯爵絡みだと聞かされた磯前は、ひたすら恐縮しきっている和を前にこれまたひたすら紫煙を燻らせていた。
行くのは和であって、磯前ではない。
だがしかし、今までの偶然や謀とは違い、最初から何か起きることが目に見えていえるのに行くことを決めたのは、紛れもなく和自身。
これがごく普通の旅行なら気をつけて行けとそれだけで済むのに、日織と件の伯爵が絡んでいると判れば表現しようのない不安と行き場のない怒りが渦巻いて。
けれど和を止める理由がないと、分別が付く大人の思考が邪魔をして磯前はうまく言葉を紡げない。
「…お前は向こうに行くと返事をしちまったんだ。今更止めろと言えるか」
「………」
なんとか言葉を紡いでも、どうにも責めているようなそれに明らかに和の肩が落ちて泣きそうな顔になるものだから、磯前は「そうじゃねえ!」と眉間に寄った皺を殊更深くして大きく紫煙を吐き出して。
そしてうなだれたままの和に向かい、何の前置きなしに自分の側に置いていたものを頭の上に被せてしまう。
「わ、ぷ…!な、なに…?」
「着ていけ」
「…え?」
いきなり視界を遮られ、驚きにわたわたと慌てながら自分の頭に被さるものを手にすれば、それは和がよく見知ったものだった。
「毎度の事ながら、俺に行くなと止める権利がねえんだ。だからこれくらい妥協しろ。俺が、お前を守れねぇ代わりに」
「守るって、そんな」
「いいから着ていけっつってんだろ。
確かにあの馬鹿は何があってもお前を守るだろうよ。だがな、前科がある以上微塵も安心なんか出来ねえんだ」
「忠彦さん…」
「だから、何かに巻き込まれても、お前を待ってる人間がいることを忘れねぇように、これを着ていけ」
いささか乱暴に渡されたのは、磯前が愛用している縦縞が入った濃紺のシャツ。
…かと思い更に良く見れば、その濃紺のシャツは今磯前本人が着ているし、それに微妙に色が薄いようだ。
「え、と?」
「…余計なことは言うな」
おそろい?と首をかしげる和に、照れくさいのか磯前は眉間に皺を寄せたままため息をつくが、ちらりと投げられた視線は諦めでもなんでもなくて。
「お前、俺のシャツを着るの、好きだろうが」
「!!」
突如突きつけられた紛れもない真実に、和は羞恥のあまりぼふっと顔を赤らめた。
「尤も、お前はシャツより好きなモンがあるよな?」
「……う……」
「和?」
「そ、その…もー、忠彦さんてば僕をからかってる!?」
ほれ、と膝を叩かれ、まるで犬猫を呼ぶように片手で招かれて。
煙草をくわえた口元を意味ありげに吊り上げてみせる笑みに、和はシャツを握り締めたまましばし唸ったかと思えば、すぐに抵抗を諦め招かれている磯前の懐に飛び込んだ。
「そのシャツはな、まだ貸すだけだ」
「?」
「それが欲しいなら、絶対ここに帰ってこい。帰って来て、お前の口から只今って言葉を聞いたその時こそ、本当にそれをくれてやる」
無事に帰ってこい。
その言葉を込めて、側に居られない自分の代わりに煙草の移り香の残るシャツを渡して。
隠しようのない不安を無理に押し込めて、磯前はただ、和の無事を切に願い、今自分の腕の中にある細い身体を抱きしめる。
「ちゃんと帰って来ますから…そうしたら、僕に下さいね?」
「ああ、約束してやるよ」
磯前はそのまま、自分の手と唇が動きやすいように身体の力を抜く和をゆっくりと組み敷いた。
そして。
「…あんた、こんなトコまで来てなんてモンを着てんですか」
そうして出かけた二度目の欧州旅行にて、和が磯前のシャツを着ていると知った日織に、色々な意味でこれ以上ない牽制になったのは勿怪の幸い…かも知れない。
【条件つきのプレゼント・完】