留守番猫の催促
和の側に、猫が居る。
基、和の膝の上に猫が居る。
でもなく。


「…何してるんですか?」


和の膝の上に頭を乗せて、そこに所在なさげにしていた和の手を導いて。
何かを言うでもなく、じっと下から見上げてきているだけの、態度も図体もとんでもなく大きな猫が一匹そこに居た。

「…何をしているか、だと?見ればわかるだろう」
「はあ、膝枕をしているのは見なくてもわかるんですが…」
「じゃあ何がどうわからないんだ」

言葉にされていなくとも、さすがにこの状態ならば頭を撫でろと暗にせがまれていることくらいわかる。
それに膝枕を奪われている時点で、相手が自分に対して何かを期待しているのだということも、まあわかる。
けれど和にとって、この大きな猫のことを完全に理解するにはまだ少しばかり言葉が欲しいところであった。

「あの…」
「………」
「僕は今しがた帰ってきたばかりで、まず最初に言わなくちゃいけないことを言えていないんですけど」
「………………」
「とりあえず、何がしたいのかは後にして。先に言わなくちゃいけないことを言わせてもらってもいいですか?」
「…………………………いいだろう」

じっと見上げるというよりも、ほとんど睨みつけられているといっても過言ではない相手の眼光に少しだけ腰が引きがちだが。
それでも和は、この大きな猫の催促を了承する代わりに自分が言いたいことは言わせてもらうと、猫の頭に手を置いただけの状態で口を開く。

「只今戻りました」
「お帰り」

和が改まって言いたかった言葉はたったこの一言。
けれどこの一言がどれだけ大事で重要か、相手にとっては十分伝わっているのだろう。

「本当に今回も巻き込まれてきたようだな」
「…あれは不可抗力です」
「だから言っただろう、お前のような人間には事件の方が寄ってくるんだと」
「う…」

むすりとして、いかにも不機嫌であることを隠そうともしないその言い方に、和は眉を下げて縮こまることしかできないけれど。
そこからぼそりと「…無事だったから良い」という呟きを確かに耳にして、ちょっとだけ目を瞬かせた後「はい」と答え笑みを浮かべてみせた。

「ところでだ。…お前が帰ってくるまで、俺がどれだけ我慢していたと思う?」
「………」

何が、何を、どれだけ我慢していたと言いたいのか。
どうやらこれが冒頭のやり取りにつながるらしく、和が己の膝に乗ったままの猫の頭をそっと撫でてやれば、それだけで確実に猫の眉間にあった皺が減った。
手を頭に導かれた時点で、いや、膝枕を奪われた時点でこういうことだろうとはわかっていたけれど、こうしてしっかりと何を催促されていたのが当たってしまえば自然と笑みが深くなって。
頭を撫でる以上のことも望んでいるのだと、それがはっきりとわかるから。

「会えなくて寂しかったのは、僕だって同じですよ?」
「ならば態度で示してもらおうか」

和が少しだけ身をかがめ、膝の上にのる頭に顔を近づけて額に口づけを一つ落とせば、その後頭部にすばやく手を回され、少しだけずらされた位置で固定されて。

「お前は俺の飼い主なんだから、旅行に出かけて放っておいた分も含め、存分に俺を構うべきだ。違うか」
「…構うのはいいんですけど、だからってこんなに顔を近づける必要はないですよね?」
「それは俺がお前が足りなくて飢えそうだからだ」

などと今にも唇が触れそうな近さで猫が平然と言うものだから、本当に自分は無事に帰ってこられたのだと変な形で実感することになった。


「さあ、向こうで何があったか詳しく聞かせてもらおうか」
「は、話すだけなら膝枕だけでいいんじゃ…!」
「お前に飢えそうだから、話の合間につまませろ。…もっともつまむだけじゃ足りなくなったら話は後でいい」
「逆!逆にしてー!!」
「生憎だが。俺の腹の空かせ具合の方が大事だからそれは却下だ、ご主人様」



聞く気があるのかはたまた最初からこちらが目的か。
顔を近づけさせて下から唇を奪いながら楽しそうにそう良い切る三笠という名の猫に、帰国し帰宅した早々和が鳴かされ喘がされるまでもう少し。


…すなわちそれは、良い子で留守番を務め上げた尊大な猫が催促してきたのは、土産話よりまずはご主人様そのものだというただそれだけの話。


【留守番猫の催促・完】

SSSから移動してきました。氷の墓標(後)設定でみーなごです。
飼い主まっしぐらなでっかい猫の名前は三笠尉之といいます(え)
墓標は…正直萌えが程遠くて創作意欲的には微妙なのですが、
システムに関してはシリーズ中一番良かったかなーと思います。
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