それは、全ての音が消えた朝




全ての音が包み込まれる透き通った気配と、痛いほどの寒さに目覚めたその朝に。



(…………さむっ)



ぱちり、と、そんな音を立てるように眠りから目覚めた和は。
目覚めた時に気付いた寒さ以上の静寂に誘われて、隣に眠る人物を起さぬように、そしてなるべく冷気を招かないようにそっと布団を抜け出して。

(わあ…)

冷気そのままに冷たい眼鏡をかけつつそっとそっと窓辺に近寄って、部屋の中に朝日を誘い込まないようにそろりとカーテンを捲っては、目に飛び込んできた景色に小さな声ながら子供のような歓声をあげる。
窓の外に広がる景色と、まだ布団の中で夢から醒めぬ人物とを見比べながら、和の表情は感嘆と躊躇を繰り返し。

「………へっくち!」

その二つに気を取られたが故に忘れ去っていた身を切るような寒さに対して、正直なのは何も羽織らず布団を抜け出した和の身体の方だった。

「や…やば…」

生理現象と言ってしまえば身も蓋もないけれど、気付くよりも先に出てしまったくしゃみに、それでも寝入ったままの相手を起してしまったかと恐る恐る布団の方を伺うと、寝起きで不機嫌そうな低い声も、起された事への怒声もなくて。
むしろ微塵も動かぬ布団の山に、和はその中で眠る相手がそれ程までに疲れていたのかと心配になってきて。

(…無理に起さなくても、いいか)

外の景色に一頻り感動し終えた和は、それを相手に教えることよりも眠りを妨げない方を選び、冷え切った室内を暖めようと窓から離れ布団の方へと戻ることにしたところ。

「ええと、リモコン…は、あった…ァっ?!」

枕元に埋れるように置いてあったエアコンのリモコンを取ろうと、そろりそろりと手を伸ばしたところで、微塵も動かなかった布団の山の中からいきなり腕が伸びてきた。

「うひゃあ!!」
「…なにやってんだ…」

伸びてきた腕は迷いもなく和の冷えた身体を抱きこんで、そのまま心地よい温もりが保たれている布団の中に引きずり込んで。
その手の主は、寝起きのせいか単に不機嫌なのかどちらともつかない低い声でそう囁くと、和の冷えた身体を抱え布団の中で包まってしまう。

「……随分と冷てえな……」
「ご、ごめ、ごめんなさい!」
「…何に対して謝ってんだ?」

冷たいと言われとっさに布団から出ようとする和を逃さず、手の主である磯前の声はやっぱり低いままなのに。

「だって、忠彦さん夕べ遅かったから、起しちゃいけないと思って」
「……んなモン、お前が布団から抜け出した時点で気付く」
「ええ?!」
「お前は子供並に温かいんだよ。そんな人間懐炉が側からなくなったら、寒くて目が覚めらあ」
「………」

折角の心配りを否定された挙句、人間懐炉とまで言われてぷくりと頬を膨らませるも、それならばと言わんばかりに冷えた足を磯前に擦り付けた。

「こ…の野郎」
「僕の思いやりを無下にしたお返しですっ」
「何も引っ掛けねえで起き出してたヤツが何を言う」
「らってゆきがつもっれらんれす!」
「………は?」

引き込んだのは磯前なのに、和から冷えた足を擦り付けられた腹いせにぎゅうっと鼻を摘んでみれば、和は痛いとしかめっ面になりながらどうにも理由にならないことを口にして。

「ガキじゃあるまいし、んな雪ぐらいで…」
「ええ?初雪ですよ?しかもお日様が出てきらきら光って綺麗なんですよ?見なきゃ勿体無いです!」
「…雪国じゃねえんだ、もうちょいしたら溶けてなくなっちまうってのに何ムキになってんだよ。ったく、お前は何にでも感動するんだな」
「な、何にでもって訳じゃないですよ。本当ですよ?」
「ああ、判った判った。ったくしょうがねえな…」

磯前からしたら、とてもこの寒さの中を起き出そうとは思えぬ、あまりにも和らしい理由に。
余りにも真剣にそう主張する様子に絆されて、何だかんだ言いつつも結局自分から起き出して、直接朝日に輝く初雪を見るために和を連れ出すことが判っているから。

「忠彦さん?」

磯前は布団の中で和を抱き込んだまま、和が手を伸ばしかけていたリモコンに手を伸ばして。

「お前が温まって、部屋も温まったら。朝の散歩くらい付き合ってやる」

だから早くいつものように温かくなれと、まだ幾分か冷えたままの和の首筋へ唇を寄せた。





「ちょと、…っ、忠彦さん?!いつもよりちくちくする…!」
「…ああ、朝だから髭が伸びてるのか…」
「…って判ってるならくっつけない…で、いやっひゃはははくすぐったいー!」





それは、全ての音が包み込まれる透き通った気配と痛いほどの寒さに目覚めた、初雪の降った日の朝のささやかながらとても幸せな出来事。






【白い幸せ・完】


2007/12/21に開きました奈落の城公式サイトOPEN記念絵チャにて、
参加者の方へささやかながらのお土産に準備したSS。また磯×和。
(いつものように参加者さまのみ、二次配布以外はお好きにどうぞです)。
今回は珍しく表仕様でも、磯和はもういいと言われそう。←本当に懲りない。
ふと、和は何時でも何にでも素直に感激感動しそうだなー…と思ったら
こんなん書いてました。日織が相手でもいいじゃんと自分でも思いますが
まあうちのお約束は磯×和なんで温かい目で受け流して下さい。
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