馬鹿が沢山。


大概馬鹿が揃ってると、人相の悪い男がそう思ったのは仕方のないこと。
だが男がそれに気付いたのは、すでに自分が巻き込まれた後だった。



「……何やってんだ」

テーブルの上には、後は始めるだけの鍋。
それ傍らには、家人の愛猫を抱きながら一心不乱にテレビ画面を見つめる和と。
その側で猫を撫でながら(和ほど熱心さはないが)やはりテレビを凝視している三笠の姿と。
そして、その二人とは若干テレビに近い位置から画面を見つめつつ、何処か清清しいまでに達成感を隠そうともしない家人の日織。
簡単な手土産を手に、通いなれてしまった家に上がりこんで家人その他が集まっているだろう居間に足を進めれば、予想通りの面子がすでに揃っていた。

「梨だ。後で坊主に食わせてやれ」
「磯前さんこんばんは。そしてありがとうございます」
「来たのか」
「お疲れ様でした。さ、座ってくだせえな」

盛大に脱力してというか、ほとほと呆れた顔でというか。
三者三様にテレビを観ていたくせに、声を掛けた途端揃ってくるっとこちらを向いて返事をする姿に、遅れてきた磯前は怪訝な面持ちを前面に出して全員を見比べた。
だが磯前が脱力したのは彼らが揃ってテレビを見ていたことではなく、観ていた内容に呆れていたりする。

「雁首そろえて何を見て…」

何か映画かドラマを観ているのかと思いきや、ちらりと窺い見た限りでは何故か自分が出ている画面。
普段演じる役が役なだけに、すぐに他の場面に切り替わるだろうと最初は気にも留めなかったが、未だ点けられたままのテレビにはずっと自分が映ったまま。
しかも衣装やかつらが微妙に変わっている。

「…本人が目の前に居るってえのに、何でわざわざ録画を観てんだ」
「え?」

何かがおかしいとそう磯前が眉を顰めて睨みつけても、他はともかく一番効きそうな和がきょとんとして小首を傾げるだけ。

「今日、磯前さんを観る日じゃないんですか?」
「あ…?」

無意識に懐の煙草に手を伸ばすと直ぐに差し出される灰皿を受け取った磯前は、和の言葉に咥えた煙草を落としそうになった。

「おい、なんだそれは」
「なんだって言われても…えーと…日織?」
「和さん、鍋を始めますから手伝ってもらえますか?」
「うん、いいよ」
「おい」
「すぐ運びますからね、三笠さんはガスに火を点けといてくだせえな」
「任されてやろう」
「…………」

本気で何事かと思った磯前は和に更に追求しようとするが、和はすぐに日織に助けを求めてしまい。
それどころか鍋の材料を運ぶ為に和を引き連れ台所へと消えてしまい、残されたのは(和から猫と一緒に)火の番を任された三笠のみ。

「…おい」
「なんだ」
「一体何がどうなってる」
「………知りたいのか」
「当たり前だ」

長い役者人生、別に目の前で出演しているところを録画で流されても、恥ずかしいとか照れるとかそういうことはない。
ないが、先ほどから主役の役者ではなく自分だけが映っているので正直落ち着かない。
というより、磯前の思い違いでなければ、今三人が観ていたモノは…。

「アンタが出てる映画やドラマの総集編らしいぞ。ちなみに日織の自信作だそうだ」
「なんでそんな酔狂なモンを観てんだ…」

予想通りの答えにがっくりと肩を落として脱力した磯前に、何を勘違いしたのか三笠が更に追い討ちをかけてきた。

「本当は、和だけが観るはずだった」
「………」
「が、俺からしてみれば、自分が居ないところで和が他の男を観て目を輝かせているのかと思うと、非常に腹ただしく思えてだな」
「……………で?」
「だが子供じゃあるまいし、アンタ相手に焼もちを妬くのは自分でもどうかと思った。だから、和が好きなものは自分も好きになろうと思った」
「そいつは見上げた根性だが、だからってこれはどうかと思うぞ」
「仕方ないだろう!?和はアンタが演じてる役は端役でも食い入るように観てるんだぞ。それを見て俺が何ともないと思ってるのかアンタ」

子供じゃないなら、それこそ堂々と威張って言うことないだろうが!
…という怒声を出る寸前で何とか飲み込んで、目一杯「馬鹿だ」という眼差しで睨みつければ、相手は負けじと睨み返してくる始末。


「今日は水炊きですぜ。最後の締めは雑炊ですからね、楽しみにしといて下さい」
「しいたけはあるか」
「大丈夫です」
「録画はある程度食べたらまた観ましょう。いいですか和さん」
「うん!」
「酒を付けるなら付き合わないこともない」
「……………」


和(と日織)が戻ってくると直ぐに鍋に向き合う三笠の、その変わり身の早さに呆れる磯前を他所に着々と鍋の準備は整ってゆく。



和は、本当に怒るということが極端に少ない。
よく泣き、よく笑い、よく…自爆しているのは愛嬌の一つだろう…として。
単に喜怒哀楽の怒だけが極端に少ないだけで、それ以外は幼い子供のようにころころと色々な表情を見せている。


日織は、常に愛想のいい笑顔を浮かべている。
愛想がいいのは本物で、加えて人当たりも悪くないので好青年といっても差支えがないはずなのに、如何せん気遣いが斜めに行き過ぎていて微妙なことになている。


そして三笠のほうは、直ぐに怒鳴るということがないだけで、基本怒っていることが多い。
怒っているというのは少々言いすぎな気もするが、怒っていなければ大抵は斜めに世の中を見ているか、そうでなければもう一つ。



「馬鹿が増えた…」



食べごろになった鍋を前に、一柳和絡みで三笠はありとあらゆるものに焼もちを焼いているらしいとそう気付いた磯前の漏らした呟きは、行儀良く揃って上がった「いただきます」の声にかき消された。




【猫好き達の馬鹿げた宴・完】

普段お世話になっているのりしろさまへ捧げました。
ご多忙なご様子だったのでささやかながらの差し入れです。
みーなごなのに磯前さんが出張っているのは明らかに
書き手の趣味でしたが、喜んで頂けた様で何よりです。
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