季節外れ磯×和VDSS。
読みたいと仰って下さった松葉さまへ捧げます。


一昔前に某製菓会社の陰謀が見事に成功して、それ以来日本のいたるところで毎年過剰なまでにチョコレートが飛び交うようになったその日に。


「おい。黙ってちゃ判らんだろうが」


自分の家にやって来るなり様子がおかしくなってしまった(一回りどころか倍程も歳の離れた)若い恋人を前に、大部屋のベテラン俳優である磯前忠彦はどうにも途方に暮れていた。

「和」

途方に暮れながらも、それでも磯前は年若い恋人の一柳和がおかしい事が気になって。

「本当にどうした。具合でも悪いのか?」

おかしいからこそ、今回は厳しく問いつめるよりも気遣った方がいいと判断したのだが。

「食べてる…」
「は?」

俯き加減からようやく面を上げた和は、珍しくも不機嫌さを隠しもしない渋面で磯前を睨みつけ、同時に泣きそうな顔で磯前の手元を指差した。

「…チョコレート。忠彦さん甘いものは食べないって言ってたから、無理にあげて迷惑になったらと思って僕用意してないのに。
なのに、だれからもらったのかしらないけど、たべてる」
「いや、これはだな…」

いったい何を盛大に勘違いしているのか知らないが。
和が「ぼくとはあそびだったんですね…」と、突拍子もない事を呟きほろほろと泣き出した所で磯前はハタと気が付いた。

「お前、もしかしなくとも酔っぱらってんな?!」
「ぼくはーよっぱらってないです。ただひこさんがだいすきなだけですーっ!」
「立派に酔っぱらってんじゃねえか…」

普段和は磯前と一緒にいてもあまりわがままを言ったりすることはないくせに、何故か酒が入った時だけこうして変に幼くなった上に思ったことを迷いなく口にして。
さらには磯前相手に酷く絡んできては、自分がどれだけ磯前の事が好きか訥々と語り出すのだ。

「何で来る前から酔っぱらって…?」

しかし。
和は自分が酒に弱いことを重々承知しているため、まず滅多な事で手を出すことはなく。
大体磯前のところにやって来る前から酔っぱらうなど考えにくく、そもそも今はまだ日が暮れてもいないのだ。

「おい。ここに来る途中、何か飲んだり食べたりしたか?」
「…う…?」
「覚えてねえか」

ほろほろと涙をこぼしながらしっかりと磯前の腕を掴んでは好きですを繰り返す和に、問いただしてどうにかなるわけでない原因を聞き出そうと磯前が顔を覗き込めば。

「ん…と。ひおりからもらったちょこれーと、たべました」
「………」

和は何ら躊躇なく、しかもバッグの中から半分程中身のなくなった箱を取り出しては、磯前が止める間もなく「おいしいんですよー」とけらけら笑いながら一粒口の中へ押し込んだ。

「甘…って、おい、これ酒入ってんじゃねえか」
「…おさけ?」
「大した量じゃねえみてえだが、お前はこれくらいでも酔っ払うのか…」

口の中に押し込められ反射的に咀嚼してしまった磯前は、僅かな風味付けに洋酒を効かせたらしいそれの甘さに渋面になりつつ、この程度で酔っ払ってしまった和の下戸具合に更に眉を寄せて。
大体人の事を責める前に自分はどうなんだ…と問い詰めようとして、それが酔っ払い相手には全く意味がない事を瞬時に悟り、しかし代わりと言わんばかりににやりと大層人の悪い笑みを浮かべては。

「なあ、和」
「なーんでーすかー?」

先程までは誰か知らない相手にむくれていたくせに、磯前が自分を見ていることに上機嫌になって。
それに間近で顔を覗きこまれ頭を撫でられ、しかもまだ濡れている眦を優しく指で拭われて、素面の時であるなら気付けるはずの磯前の人の悪い笑みの意味に和は気付かない。

「俺が食ってたチョコレート、誰から貰ったのか気になるのか?」
「なーりますー!」
「そうかそうか」

ちゃり、と小さな金属の音と共に眼鏡を取り外し、喉を鳴らして笑いながら指ではなく唇を寄せて涙の名残を拭う磯前に、全く警戒心のない和は為すがままで。
そんな具合に甘やかされて酔っ払って無防備状態の和に、磯前は一発で酔いが醒める言葉を囁いた。

「そうやって珍しく妬いてくれるのは嬉しいがな。流石に娘相手には勘弁してくれや」
「…………」

その言葉に一瞬の間が空いて。
和はきょとんとした顔で小首を傾げたかと思うとぱかっと口を開け、「あれ?」だの、「むすめ?」だのと何語か呟いた後、また一瞬の間が空いて。

「ごごごごごっごめんなさいーッ!」

頭が何とか理解した途端、和の口からは瞬時に謝罪の言葉が飛び出ていた。

「誤解は解けたか」
「と、とけたっていうか、とくもなにもないっていうか、うわごめんなさいー!」
「解けたんならいい。ついでに酔いも醒めたみてえだしな。それよりも…」
「は、はい?」
「今度は俺の番だな」
「は?」

磯前から緩く抱き締められ、恥ずかしさのあまりそこから逃げ出そうにも逃げられず。

「わっ!」

しかも気が付けば背中に固い感触があたり、それが畳だと理解するといつの間にやら世界が反転していて。

「他のヤツからチョコレートを貰って上機嫌なお前に、俺の方こそ妬いていいと思わねえか」
「い、いやあの、日織からはいつも貰って…」

囁く磯前の声はいつも以上の低音で、しかも静かながらもはっきりと感じ取れる怒気に、和は引きつった笑みを浮かべるしか出来なくて。
つまり眼鏡を外しても判別が付くほどの間合いでにやりと笑みを浮かべる磯前は、軽く酔っぱらって自分に絡んでいた和を相手にしつつも静かに怒っていたらしい。




「誰が相手だろうが関係ねえよ。…お前はもう少し、俺が存外嫉妬深いってえ事をその身で知っといた方がいいな」




そう言い切った時の磯前は、この上なく極悪人面だったとは後の和の言葉。






…さてはて磯前の嫉妬の具合は如何程に?




【 甘い嫉妬・完 】

時期外れも甚だしい磯×和VDSSでございます。
お蔵入りもしくは一年越しになるはずだったのですが、
有り難くも松葉さんからお声がかかったので陽の目見ました。
なので図々しくも松葉さまへ進呈させていただきました。
少しでもお気に召していただけましたら幸いでございます。
戻る?