◆速水視点 安積離婚後〜現在





安積の離婚が成立した時、今後の生活のためにも上目黒のマンションを手放して引越しをしろと、そう進言する人間が後を絶たなかったらしい。


当時はまだ巡査部長でしかなかった安積にとって、決して満足にとはいえない収入の中から一人娘の養育費を渡して、さらにマンションのローンを支払い続けることは負担にしかならないだろうと。
上辺だけでなく、それなりに親しい付き合いの面々から散々言われても、安積は決してその選択肢だけは選ぼうとはしなかった。


…当たり前だと、速水は今でも思っている。


安積にとって選ぶしかなかった離婚という選択肢は、彼が本当に望んだものではない。
大体安積は決して家庭を蔑ろにしたわけではない。妻を娘を、家族を愛していなかった訳でもない。
当時を振り返れば、本人は自分の忍耐と心配りが足りなかったからだと自嘲気味に笑って零すが、それは見当違いな間違いであることを速水は知っていた。


そもそもな話、安積は一人の男という以前に、その全てで以って「刑事」であろうとする人間なのだ。


安積剛志という一個人である前に、安積刑事という存在を確実に認めそれを支えてやれなくては彼は彼でなくなってしまう。
夫という立場で一人の男として妻という立場の女を愛するよりも、家庭の中の父親として血を分けた娘を愛するよりも。
ただ刑事として生きることが安積にとって一番大事なことだから、それを奪ってしまえば安積は安積でなくなり、そこに残るのは本当の彼ではなくなってしまう。


それなのに妻であった女は、そのことを頭で理解はしても、最後まで心が納得できなかった。


安積剛志の妻という立場を軽んじて、自分が愛しただけの言葉と態度以上に与えられて当然だと錯覚した。
それがいつしか、家庭よりも仕事を取る安積を男として失格だと責めるようになり、挙句与えられないのなら認めないと言わんばかりに、安積が自分に出来る形で家族に与えた家を捨て、その家族という形であった娘を連れて出て行った。
絶対に望んではいけないと、速水が一生自分の胸に秘めようとしていた安積の隣という位置を自ら放棄した。


それを知った速水は怒りのあまり、妻だったその女を殺してやりたいとさえ思ったのに。


当の本人は全ては自分のせいだからと、妻だった女を責めず誰も頼らず黙って心の痛みに堪えていた。
けれど堪えたものが大きかったのか、何かあれば自分を責めることを覚えてしまった。
自戒する必要がなくなったが故に、思う様求めることを隠さなくなった速水の手を取るのを躊躇うほど、酷く頑なになってしまった。
自分のせいで速水を傷つけることにならないかと、それによって速水が自分に愛想を尽かして手を離してしまうのではないかと、ありもしないことに日々怯えて表情を曇らせる。


だから速水はいつも、自分を見縊るなと安積に対して笑ってやる。


与えてもらえないのが寂しいなら、そんなことを覚える暇がないくらいに自分から愛を与えれ続ければいいだけだ。
側に居ないこということを、相手にされていないと錯覚して嘆くくらいなら、むしろ自分が支えてやっているというまでにひたすら尽くす覚悟をするべきだ。
安積がずっと守り続けるマンションが後悔と慟哭の形であるというのなら、それに拘る心と傷ごと受け入れてやればいいだけだ。


速水にとって、安積の最後の領域を守ってやることもまた、彼を支えるための方法の一つだから。


一方的に守るのではなく支えているのだから立場は常に対等であるという事実と、不器用すぎて形に出来ない彼からの想いをそっくりそのまま判りやすく、時には大げさに返してやって、決して一歩方向に流れてはいないのだと判らせるべきだ。



緩やかに、けれど着実に。




私生活で世話を焼いても無理に割り込まず、仕事で必要以上に構いはしても決して不信を抱かせず、どんな時でも意識させずに安積の生活に少しずつ己を刷り込ませ。
速水だけが嘘偽りなくそれを出来るがゆえに、自責で自らをの傷を気付けない安積を腕の中に抱き込んで、不安を覚えさせずにそのまま眠らせることが出来る。




それが、速水にとっての愛の形。

【その愛の形・完】

SSSの方に載せていたものを加筆修正にてUP。
ドラマ版では随分とやんちゃなヘッドですが、本来は
豪快な性格の裏ではこんな薄暗い感情を持って
係長に接していればいいよと思ったネタ。うん、暗い。
こちらにUPしたのでSSSの方は削除しましたー。
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