ころころと、ころころと。
ちょっと大きめの丸い飴玉を口の中で転がして。
ころころと、ころころと。
舌に乗せたそれが口内を左右に動くたび、じんわりとした甘さが満ちてくる。
じんわりと、ゆっくりと。
疲れた身体に甘さが満ちてくるのを感じて、自然と頬も緩んでくる。
「バンビちゃん、何をそんなに嬉しそうにしてるのか教えてくれねぇか」
「ゴドーさん」
資料片手に書類作成に励んでいた成歩堂は、不意に頭上から掛けられた声に表を上げた。
そこに居たのは、元検事で今は専門の相談員として此処の事務所に籍を置くゴドー。
必須アイテムのマグカップを片手に、どんな答えが返ってくるのか興味津々なのが見て取れる。
「嬉しそう、でした?」
だが成歩堂からしてみれば、逆にそう見えたことが不思議で仕方がない。
「ああ。まるでコネコちゃん達みたいにな」
「…なんだ。そういうことですか」
「?」
しかしゴドーが続けた言葉に何か思い当たることがあったらしく、机の上に資料を置いてにこっと微笑んだ。
「これですよ」
「……飴?」
そして見せる為にペロっと出された舌の先に乗っていたのは、貰った当初よりはそこそこ小さくなってしまった鮮やかな色の飴玉。
「春美ちゃんから貰ったんです。おいしいから僕におすそ分けなんだそうですよ」
「……ほう」
「飴なんて久しぶりに舐めたんですが、なんだかすごく懐かしくて」
「……」
「そうしたら、いつの間にか頬が緩んでいたのかも知れないですね」
そういって成歩堂は机の引き出しを開け、ゴドーに「お裾分けのお裾分けです」と飴玉の一つを差し出した。
「俺に舐めろと?」
「甘いものを摂ると、疲れが取れるそうですよ」
「……そうか」
ゴドーは素直に差し出された飴玉ごと成歩堂の手を掴み、そのまま受け取るのかと思いきや…。
「はいどう……ぞぉッ!?」
その手を思い切り自分の方に引き寄せて、いとも簡単に唇を重ねて舌を差し込んだ。
いきなりそのようなことをされた成歩堂は当然の事ながら抵抗するのだが、いかんせんゴドーの方が一枚どころか二枚も三枚も上手だった。
「んー!んー!ンンーッ!!」
自由になる方の手で必死にゴドーの身体を押し返そうとしても、それはいとも簡単に封じられた挙句、こじ開けられた口から入り込んだ舌が成歩堂のそれに絡められて。
それまで甘い軌道と共に自由に成歩堂の口内を移動していた飴玉ごと、ゴドーは存分に貪り始めたのだ。
「…確かに疲れは取れるみだいだぜ、バンビちゃん」
「…………」
それは小さくなりかけていた飴玉が完全になくなるまで続けられ、ようやく解放された頃には実に満足そうなゴドーと、成歩堂は逆にぐったりとしてしまった。
「俺には甘い飴玉よりも、甘いバンビちゃんの方が効くみたいだぜ?」
止めのようにしれっと耳元に囁かれ、いつまでもゴドーの声になれない成歩堂は恥ずかしさに茹で上がってしまった。
「ゴドーさんて、実はエロ親父だったんですね…」
「よせやい、バンビちゃんに言われると照れちゃうぜ」
「褒めてなんかいないです!!」
…その後何とか復活した成歩堂の口から出た嫌味も、ゴドーはこれまたしれっと受け流してしまう。
「もう一つあることだし、今度は最初から試してみるか?」
「ヤです。僕死にたくないですから」
「ククッ、あんたが望むならここで死ぬ思いをさせてやってもいいんだがな」
「今は仕事中です!!」
「じゃあ今晩…」
「仕事中だといってるでしょうが、こンのエロ親父!!」
照れ隠しに手にしていた紙の束をべしッと叩きつけ、威嚇するように唸る成歩堂にゴドーは盛大に笑いを押し殺しながら自分の席へと戻ってゆく。
……その後しばらく成歩堂は飴玉を見るとゴドーを睨みつけるようになったとか、ならなかったとか。
《飴玉・完》