弱い、ココロ。
「なんでなんだろう」
ぽつり、と。
本当にぽつりと口に出てしまった声の大きさに、一番驚いたのは当の成歩堂本人だった。
そしてそれに次いで驚いたのは、すぐ傍で珈琲をのんでいたゴドー。
「……なにが「なんでだろう」なんだ?バンビちゃん」
自分の声に驚いてばっと右手で自分の口を押さえる成歩堂を、ゴドーはからかうことはせずにごく冷静に問い返す。
…その代わり、成歩堂の身体を自分の傍へ引き寄せることは忘れない。
「な、なんでもないです」
「何でもない?嘘はいけないんだぜ、弁護士センセイ」
「う……ほ、本当に何でもないんです…」
「ほう…?ならアンタのカラダに直接尋ねるとするか」
「ひゃうっ!…や…っめて、下さい!!」
冗談でもなんでもなく、更に自分の方へ身体を引き寄せて腰を撫で始めるゴドーに、成歩堂はおたおたと慌てながら制止の声を上げる。
「やめて欲しいなら素直に吐いちまいな。
…何が「なんでなんだろう」なんだ?」
「ううううう…」
流されまいと必死に堪える成歩堂に、不埒なことをけしかけているとは思えない仕草でそっと頬に口付け、ゴドーは少々強めに更に問い詰めた。
「……が……」
「ん?」
「ゴドーさんが」
「俺がどうした」
「なんで『僕なんか』を好きなのかなって思って…」
頬へ口付けを落とす間近にある赤茶けた瞳から視線を逸らし、成歩堂は言いにくそうに小さな声で呟いた。
「ゴドーさんは、男の僕から見ても凄く素敵な人なのに。なのになんで綺麗な女性でなく、何の取り得もない男の僕なんかを選んでくれたんだろう…って」
「…………」
最初こそは最悪な出会いだったけれど、今ではこうして傍に居て。
…世の理から外れることを承知で身体の繋がりまで持った、その事に後悔はないけれど。
「ねえゴドーさん。貴方は僕のドコが好きになってくれたんですか…?」
「…………」
口付けを落とすゴドーを制して、成歩堂はそのゴドーの肩口に頭を埋めてしまう。
「どこ、ねぇ…」
成歩堂が自分から甘えてくる仕草に、結構根が深い疑問なのだと見て取ったゴドーは、些細なこととからかうこともできない。
だが、ゴドーはどうしても成歩堂の言葉が引っかかった。
「…なあ龍一」
「…………」
「俺はアンタが『僕なんか』っていうのが一番嫌いなんだ」
「…………っ!」
思うところがあってゴドーはあえて余計な言葉を加えずそのままの気持ちを伝えれば、案の定成歩堂は『嫌い』という言葉に過剰に反応して身体を引きつらせる。
「だが、それ以外なら全部に惚れちまってるんだぜ?」
「……………」
そして思わず身を引きかけた成歩堂を抱き締めなおし、ゴドーはもう一度、今度も余計な言葉を加えずそのままの気持ちを伝えた。
「『成歩堂龍一』に俺が惚れたんだ。その本人であるアンタは、もっと自信を持っちゃくれねえかな。
…いいかい?俺は成歩堂龍一『なんか』じゃない、成歩堂龍一『だから』惚れたんだ」
「…………」
「だから自信を持たねえと、罰が当たっちゃうんだぜ?」
そう言われても自信なさげに視線を彷徨わせる成歩堂に、ゴドーは口調は軽くとも真剣な眼差しで視線を合わせることを促した。
「俺は成歩堂『だから』惚れてんだ。そのあんたはどうなんだい?」
すると暫しの間をおいてから、小さな声だったけれど。
「…僕も、ゴドーさん『だから』、好きです…」
それでも成歩堂ははっきりとこう答えるのだった。
「よくできました、だぜ?」
「ん……っ…」
あとはもう言葉なんか必要はないといわんばかりに、ゴドーは成歩堂の唇を奪い、そのままソファに押し倒してしまう。
「……俺には余裕なんか、ないんだがな」
自信なさげな成歩堂に、いつもいつも自信たっぷりに諭してみせるゴドーだけれど。
「本当はこっちがききてぇくらいだぜ、龍一。…俺『なんか』のドコに惚れやがったんだ?」
傍で昏々と深い眠りにつく成歩堂の、特徴的な癖毛を撫でつけながら、決して口には出来ない不安をぽつりと小さく言葉に乗せる。
…直接聞けないのは、このすぐ傍で眠る存在を手放したくないから。
この存在に巡り得た、大勢の者のどれだけが、ゴドーの位置を羨んでいるか気付かないのは本人だけで。
「………だから、俺はアンタに言い続けるさ。『アイシテル』ってな」
それは、呪にも似た言葉。
成歩堂が離れていかないようにするための、卑怯でしかない呪文。
【だから・完】
これは少々補足させていただきますと、ゴドー×成歩堂に他の
第三者が絡むことが前提で考えついたSSです。
成歩堂がその第三者のことを好きだと自覚する前に、それに
気付いたゴドーが自分の事を好きだと思い込ませた…というか。
でも、この成歩堂はちゃんとゴドーのことが好きです。
でなきゃ何度も身体を重ねたりはしません。(と、思う)。