「……………」
今、成歩堂弁護士事務所には、コネコちゃん2匹と一緒におねんね中の、とんがり頭のバンビちゃんが一匹。
応接応接室のソファにすわりこんで、両脇からコネコちゃんたちに寄りかかられ、今まで読んでやっていたらしい本を膝にのせて。
「……暢気な弁護士センセだな」
ゴドーが事務所に入ってきたことに全く気付かず、くぅくぅとなんとも幸せそうに寝入っている。
「………ほぇ………」
「よう、バンビちゃん。お目覚めかい?」
そんな三人を起こすことなく、ゴドーが勝手知ったる事務所内の給湯室でコーヒーを淹れていると、その芳香に気付いた成歩堂が酔夢から覚醒した。
「んー……?」
「くぁあー…」
それにつられてコネコちゃん達も次々に目を覚まし、ゴドーに向かって(寝ぼけたまま)へらっと笑って見せる。
「起こしちまったか?」
「いーえー…。起きなきゃ…思ってたし…」
「うー…あたし達寝ちゃってたのかあ……」
「オジサマおはようございます…」
「………」
何とか起きようとしているのは判るが、三人は身を寄せ合ったまま、しばらくぼんやりとしていて。
自分がやってきても取り立てて慌てた様子も見せず、仲良くまどろむ三人に、なんとなく疎外感を感じるゴドーだった。
その夜。
「ゴドーさん?」
成歩堂が夕飯の後片付けを終えてリビングへ戻ると、ソファでくつろぎながら新聞を読んでいたゴドーが、何を思ったのか新聞から目を離さずに手招きだけで成歩堂を呼んだ。
「なんですか」
ちょいちょいっと手招きされて素直にそれに従う成歩堂を、ゴドーは今度は無言で自分の隣に腰を下ろすようにソファを叩く。
「?」
そしてそれにも素直に従い、隣にちょこんと腰を下ろす成歩堂に、一瞬の間を置いてゴドーは彼に思い切り寄りかかった。
「お……重いぃぃぃぃぃぃ……!!」
とたんに悲鳴を上げてゴドーを押し返す成歩堂に、ゴドーは更に体重を預けて寄りかかる。
「ゴドーさん!重いですよ!!」
「…………」
「ゴドーさんてば!!」
重さに顔をしかめながら、珍しく自分の顔の下にあるゴドーの赤っぽい瞳にドギマギしつつ、成歩堂はゴドーを押し返そうと躍起になった。
「嫌なのか?」
「え?」
「……コネコちゃん達は良くて、俺がこうするのは嫌なのか?」
「…………」
しかし、そのゴドーから脈絡のない質問をされた成歩堂は、一瞬よりかかる重みも忘れて相手を凝視してしまった。
「……ッ!」
だがそれも一瞬のことで、成歩堂は軽くため息をついてから、ゴーグルを外してメガネを着用しているゴドーの眉間を、容赦ない力加減でぴしっと指で弾いた。
「痛ぇじゃねえか、バンビちゃん」
「そりゃあまあ、思い切りデコピンしましたから」
「なんだ。お前さんの肩に俺の居場所はないって言うのか?」
「ええ、ありませんよ」
「…………」
流石に眉間を摩りながら身体を起こすゴドーに、成歩堂はもう一度、今度は力を加減して眉間を指で弾いてしまう。
「つれねぇバンビちゃんだな…」
「……っと」
それにゴドーが明らかさまに不満の色を見せれば、成歩堂は勝ち誇ったようににんまりと微笑むと、逆に自分の方が彼に思い切り体重を掛けて寄りかかった。
「なるほどう?」
「あのですね、ゴドーさん」
「あ?」
「僕の肩にあなたの居場所はありませんが、あなたの肩に僕の居場所があるでしょう?」
「…………」
先ほどとは逆の体勢で見上げて微笑む成歩堂に、ゴドーの色素の薄い瞳は大きく見開かれる。
「はい、異議があればどうぞ、ゴドー検事?」
「…………検事側は異議ナシ、だ」
思い切り身体をこちらに預けたまま、してやったり顔でくふくふと笑う成歩堂の身体を抱き締め、ゴドーは抵抗する素振りのない彼の首筋に唇を寄せた。
「くく…ッ。可愛いバンビちゃんに一本取られたな」
「……んッ……、僕も、拗ねるゴドーさんが見られて、面白かったですよ」
「…………言うじゃねぇか………」
耳元で腰が砕けそうになるあの低い声で囁かれながら、それでも珍しいものを見せてもらったと成歩堂が笑えば、ゴドーは余裕を無くさせる為に大きな手で彼の身体をくまなく弄りだした。
「確かに、お前さんのいい鳴き声を聴けるのは、お前さんの居場所を持ってる俺だけだ」
いつものように不敵に微笑むゴドーに、成歩堂は彼の首筋にしがみ付くことで返事とする。
真宵と春美は成歩堂の肩に。
成歩堂はゴドーの肩に。
その身を預けて安息を得る。
成歩堂は真宵と春美に肩を貸し。
ゴドーは成歩堂に肩を貸して。
その重さに自分の居場所を確かめる。
それはそれぞれ自分の居場所の確かめ方。
《居場所・完》