…贈り物って、貰って嬉しいだけとは限らないと思う。
「ひい、ふう、みい……」
「真宵ちゃん。数えなくていいから」
「えー。だってナルホド君、薔薇だよ薔薇!ナルホド君宛に薔薇だよ?!」
「…余計に数えなくていいから」
今真宵ちゃんが興奮気味に数えていたのは、朝一番に事務所に…というか、僕宛に届いた真っ白な薔薇の花束。
花の値段や質なんて、とんと知らないし興味がない僕でさえ、もの凄く綺麗で高そうだなと判る、とーっても(むしろ完全に)場違いなモノ。
「でもどうするの、なるほど君。このままにしといたら枯れちゃうよ?」
「うーん…」
僕がためらっているのは、飾るのに抵抗があるなしの問題じゃないんだけど。
薔薇に罪はないけど、そもそもこれの贈り主が判らないし、それに届けてくれた花屋さんも、口止めされているからと教えてくれなくて。
「でもさ、男に花束なんて、なんか気持ち悪くない?」
「………うん、確かにそうかも。
なるほど君ってば、誰かに逆恨みされてもおかしくない職業だもんね〜」
「…ちょっとくらい否定してよ」
「だって本当の事だしね」
あははと呑気に笑ってごまかす真宵ちゃんはさて置き、僕はこの薔薇をどうしたものかと頭を巡らす事になる。
「そうだ!」
「どうしたの真宵ちゃん」
「お姉ちゃんに聞けばイイんじゃない!!」
「え?」
「お姉ちゃん、花とか植木とか好きだったから、きっと薔薇の飾り方も知ってるよ!」
…確かに。
言われて思い出すのもアレだけど、千尋さん事務所にいつも花を飾ってたっけ。
「じゃあお願いしようかな……………ってうわぁっ!」
花瓶を取り出そうとして棚をのぞき込んでいた僕は、その方が手っとり早いかなと思い、真宵ちゃんの方を振り向いて……固まってしまった。
「なになに、なるほど君!どうしたのっ」
「い、いやッ!なんでもナイ!!」
「ご挨拶だな、成歩堂」
「え、検事さん?」
入口に御剣が立っていたからだ。
「邪魔をする」
僕の言葉につられるように真宵ちゃんが背後のドアを振り返れば、御剣はあの気取った笑みと共に中に入ってきた。
「わあ、いらっしゃい検事さん!…って、なるほど君、何か言いたそうだね」
「なんだ?言いたい事があるなら言い賜え」
「……」
真宵ちゃんは背中を向けていたから知らなかっただろうけどさ。
こいつ、さっき目が合った時僕を射殺しそうな目つきでにらんでたんだよっ!
…それなのに真宵ちゃんに対しては何ともないんだから、僕はイヤでも防衛本能が働くワケで。
「じゃあとりあえず聞くけどさ。お前…なにしにここに来たんだ?」
「客に対して失礼な態度を取る主だな」
「うーん、なるほど君から見たら検事さんはお客さんってカンジじゃないよねー」
「……ム」
ありがとう真宵ちゃん!君の率直な発言に、御剣が一瞬ひるんだよ。
…なーんて(心の中で)喜んだのも束の間。
「真宵君にこれを渡そうと思ってな」
「え?」
「春美君の分もある。二人で行ってきてはどうかな」
「遊園地のフリーパスチケットだ!」
…ひるんだ割にはあくまで爽やかに、封筒を取り出して真宵ちゃんに渡す御剣を見た瞬間に、やっぱりイヤな予感がマッハの勢いで僕を襲った。
「知人から貰ったのは良いのだが、生憎と私には用のないものだからな。
しかし真宵君と春美君ならば…、と思って持ってきたのだ」
チケットを真宵ちゃんに差し出す御剣は、それについて何か不満でも?といいたげに僕をじーっとにらんだままだ。
「…それについては感謝するよ。二人とも遊園地が大好きだから」
「ただ、一つ問題が」
「有効期限が今日までだよ、なるほど君!」
「…と、いうことだ」
「前言撤回アホ御剣!有効期限ぎりぎりのチケットなんか持ってくるな!」
期限があるならまだしも、そんなモノ見せられたら真宵ちゃんは絶対に…ッ!
「今からはみちゃんと行ってくるからお小遣い頂戴!」
「やっぱりーッ!!」
お小遣いねだられるに決まってるんだよッ。
「あのね真宵ちゃん…君もいい加減もうすぐ大人なんだから、自分の小遣いではみちゃんを連れていくくらいの甲斐性持ってよ!」
…とは言え大概僕も甘くて。
「ほらほらなるほど君、堅い事言わないで」
いつもの調子で満面の笑みでねだられると、結局自分の財布を取り出してしまう。
でも…。
「封筒の中身を良くみたまえ、真宵君」
「え………ああっ!」
「真宵ちゃん、どうしたの?」
「凄いよなるほど君!《福澤さん》があたしに微笑んでるッ!!」
これには流石に驚いて、今度は僕が御剣を凝視してしまった。
「どどどどど、どうしようなるほど君!!」
「御剣…」
「ここの遊園地に行くのに過ぎた小遣いではないはずだ。それに…」
「それに?」
「使いも頼まれて欲しいのでな」
「お使い?」
「うム。これなのだが…」
驚く僕たちをなんら気にすることなく、御剣はポケットに入れていた何かの冊子を取り出した。
「あ、これ知ってる!この遊園地でしか食べられないアイスだよね!」
「そうだ。販売はここでしかやっていないが、聞けば地方発送ができるらしい。
そこで一つ注文してきてくれないだろうか」
「なぁーんだ、それだけでいいの?」
「構わない。後は…そうだな、ここの事務所で食べる茶請けでも買ってくるといい」
「ありがとう検事さん!!」
「ちょっと待った!」
文字通り小躍りしながら駆け出そうとする真宵ちゃんを、僕は慌てて引き止めた。
「はみちゃん今日里にいるんじゃ…」
「ううん。こっちに来るって連絡があったから大丈夫。
駅まで迎えに行って、そのまま遊びに行ってくるね!」
「…あ、そう……」
引き止める僕の心配を他所に、真宵ちゃんはバッグに携帯とチケット(と、御剣に貰った小遣い)を詰め込んで、元気良く事務所を出て行った。
「…なにか予定でもあったのか?」
「そういうわけじゃないんだけどね」
「ふム…」
慌しい展開に気の抜けたため息をつくと、御剣は少しだけ視線をやわらかくして何かを考え込んでいる。
「立っているのもなんだし、ひとまず座れば?でも真宵ちゃんがいなくなったから、お茶とかは期待するなよ」
「君にその類は一切期待していないから安心したまえ」
「…なんかムカツク」
「本当のことだ。…それより成歩堂」
「何?」
「何か取り込み中だったのではないか?戸棚が開けっ放しだ」
「あ、そうだった!!」
御剣の登場に、薔薇の存在をすっかり忘れてた!
慌てて花瓶を取り出して、花束が置いてある備え付けの簡易キッチンに向かったけど、そこではたと気がついた。
「あー!!千尋さんを呼んで貰うの忘れてたー!!」
僕、薔薇の生け方なんて知らないって!!
「真宵ちゃーん!!…って、もう居るわけないもんなぁぁぁぁぁ…」
「何を一人で騒いでいるのだ」
「…御剣」
騒ぎを聞きつけた御剣に、お前のせいだー!と八つ当たりする訳にもいかないし、僕は右手に花瓶、左手に花束を持ったままどうしたものかと困り果ててしまった。
「あのさ。駄目もとで聞くけど…お前、薔薇の生け方なんて知ってる?」
「薔薇?」
ちろり、と肩越しに振り返ってそう尋ねてみると、御剣はたいして困った様子も見せずにキッチンに入ってきた。
「生ければいいのか?」
「そう。…言っとくけど、水に突っ込んではい終わりじゃ駄目なんだって。千尋さんが(生前)そう言ってたから」
「知っている。だから長持ちさせるようにきちんと生ければ良いのだろう?」
「そ、そうだけど…」
「場所を代われ、成歩堂」
上着を脱ぎ、シャツの袖をまくりながら平然と薔薇の花束に手を伸ばす御剣に、僕は返す言葉もなくて呆然と立ち尽くしてそれを眺めていた。
……だって超がつく位に不器用な御剣のことだから、僕はまさか御剣が薔薇を生けられるなんて露にも思っていなくてさ。
しかも、まるで仕事をこなすようにテキパキと薔薇を花瓶に生けてゆくその後ろ姿に、ちょっとだけかっこいいかも…なんて思ってしまった。
(ダメダメ、そんなことを考えたらこいつに何をされるか判ったモンじゃないって!)
なまじ先日壊れかけた御剣を目の当たりにしてしまっただけに、かっこいいなんて思ってしまった事がこいつにばれたら、何をされるか考えたくもない。
「成歩堂?」
「え、あ、何っ?!」
「…何をぼーっとしている。生け終わったぞ。これは何処に飾るつもりだ?」
不覚にも、僕はかなりぼんやりしていたらしい。
「…ど、何処って言われても…どこに飾ろうか?」
「…………」
自分でも馬鹿みたいだなと思う答えに、御剣からは目一杯眼力だけで怒られた。
「だってさ!これ、確かに綺麗だとは思うけど、一体誰が何の目的で僕に贈ったか判らないんだよ?」
「君に似合うと思うぞ」
「……まさか。女の子じゃあるまいし。
それに普通男に花束を贈って寄越すっておかしくない?」
「おかしくなどあるまい?これは私から見て君にこそ贈られるべき花だ」
「そんなワケないだろー…………って待て御剣。お前今なんていった?」
さっきちょっとだけでもカッコ良いなんて思った僕が馬鹿でした!
「なんだ。恋人の言葉を聞き逃すとは…」
「僕に男の恋人なんていない!っていう突っ込みは後回しにしてやるから!!」
ひとまず花瓶を僕のデスクに置いて安全を確保してから、僕は御剣の言葉が空耳である事を願いつつ、ずいっとこいつに詰め寄った。
「もしかしなくても、これの贈り主はお前っ?!」
「恋人に花を贈られたくらいで、何をそんなに驚く必要がある」
だから僕は男の恋人を持った覚えはないと言ってるッ!
「あーもうッ!そう言う問題じゃないだろ!!」
なんでこいつは(自分の中だけで)勝手に関係を進めるかな!?
「…ならば何が問題なのだ。この薔薇の贈り主が私だと判った以上、この事務所に飾ることにはなんら問題はないだろう」
しかもどうして検事ってヤツは、人の話をロクに聞かないんだよ。
「馬鹿!いくら贈り主が判ったからって、ほいほいと簡単に飾れるか!!」
「ム、聞き捨てならんぞ成歩堂…いや、《龍一》!」
出た、開き直りの名前呼びっ。
こいつに下の名前で呼ばれる時は、大概ろくでもないことを言われるのだと(嫌というほど)学んだ僕は、間髪置かずに突っ込みを入れるべく、そばにあったファイルに手を伸ばして準備したんだけど。
「私の求婚をためらうとは何事だ!」
…これには思いきり、古典的過ぎるずっこけで反応してしまう僕だった。
「な…な…な…何を言って…?」
今言われたことが信じられない…以前にこれは夢だ空耳だと思いたくて、僕はだらだらと冷や汗を流しながら何とか起き上がってみたけれど。
「私からの求婚をためらうとはけしからん」
思いきり同じことを言われてがっくりと肩を落とすことしかできなかった。
「何で僕がお前と結婚しなくちゃならないんだよ…!!」
「そんなことも判らないのか君は」
「判るか!!」
というかもう判りたくもないッ!!
「まったく…だからこそこの花を君に贈ったというのに」
最早怒鳴り返す気力もなくなって項垂れる僕を抱き上げ、御剣は見目(だけは)良い顔を僕に近づけて。
「白薔薇の花言葉は《私はあなたにふさわしい》だ。この言葉通り、私こそが君の相手に相応しい…」
物凄く満足そうに囁いてから、涙目になっている僕の目尻に素早く唇を寄せてきた…。
……のを僕が甘んじて受け入れるわけがない!!
「出て行けこのセクハラ検事!!」
「うわ!!」
手にしていたファイル(の角)でこの馬鹿の頭を思い切り殴りつけ、怯む間に反撃のすきも与えず事務所から追い出した。
そしてこの事務所が入っているビルの警備室に電話をかけ、迷惑極まりない来客を追い出してくれるように依頼した。
『開けないか《龍一》!照れるにも程がある…』
そしてドアの向こうから聞こえてくる御剣の叫びを無視することわずか。
『みっちゃぁ〜ん』
『ッ!?』
ドアの向こうから、怪しげな猫撫で声が聞こえると同時に、御剣が息を飲む気配。
「言い忘れていたけど。オバチャン先日からこのビルの警備員になったんだよね」
最初それを知った時はどうなることかと思ったけど、物凄く使えるじゃないか。
……誰でもいい、だれでもいいからこの馬鹿をどうにかしてください……。
ということで、オバチャンを呼んだ僕だった。
『まて《龍一》!返事…』
「僕は、男と結婚する気はない」
一刀両断ですっぱりと断ると、いよいよもってオバチャンが御剣に迫りだしたらしい。
……ドアの外からオバチャンの物凄い媚にたじろぐ御剣の呻き声が聞こえてきた。
全く…僕は男になんか興味はなくて、そんなのは迷惑極まりないのに。
…のに、なんで僕には男ばっかり寄ってくるんだろう……。
認めたくない現実を受け止めながら、僕はこの次に襲撃されるであろう某コーヒー魔人に備え、どうして対応したモノかと考えることにした。
【白薔薇・完】