逢いたかったのその次は



何の前振りもなくいなくなった九龍を、死に物狂いで追いかけた一年間。



「よ、甲ちゃん。早かったなー」



漸く再会した相手は、俺の顔を見るなりいともあっけらかんと、まるで昨日も逢っていたかのような口調で【完璧な笑顔】を見せた。







「早かったなって…お前が俺に言うことはそれだけか?!」
「えー?じゃあ【ロゼッタ協会】の新人ハンター資格取得おめでとう?」
「てめえ…」

言いたいことは山ほどあったはずなのに、一年前とまるで変わっていない九龍の言葉に俺は激しい脱力感を覚えて。

「『逢いたかった』くらい言いやがれ!」
「誰が言うか!」

ただ【葉佩九龍】に会うためだけに、まるで興味のなかったトレジャー・ハントの資格(といってもまだバディのみの見習い扱いだが)を取るために奔走した一年間。
携帯も、メールも、手紙すらも寄越さないこいつに会うのためだけに俺が死に物狂いで奔走したのに、当の本人ときたらその労を全く労うこともなく。

「こちとらまだ怒ってんだコンチクショウ!死にたがりが生きたがりになって良かったな!」
「………ぐっ」

再会早々痛いところを突かれた俺は、色々弁解したくともその場所が場所なだけに言い返せない。

「九ちゃん…」
「知ってるか甲ちゃん。俺は滅多に怒らない分、一度本気で怒ったらとてつもなく長いんだ」

玄室へ近づき墓の秘密へ触れた九龍へ全てを晒し、けじめをつけるべく死を望んだ俺に手厳しい一撃でもって踏み留めさせ。
墓から解放されて柵のなくなった俺が心の底からこいつを望んだ途端、まるで仕返しといわんばかりの手際の良さで九龍は俺の前から忽然と姿を消した。
あの冬の日、こいつを残して死にたがった俺を未だに許してはいないのだと。
それでも、転校してきた時と同様に突然学園を去っていった九龍は、他の誰とも連絡を取る手段を断っていった代わりに、俺に対してたった一つだけ手がかりを残して行った。

「だが、お前は俺に贖罪のチャンスを残していった」
「モノグサなお前が手にするとは思えなかったしなっ」
「ふん、生憎だったな。お前の思惑がどうかは知らないが、俺はこうしてチャンスを生かしてお前へ逢いにきたぜ」

とても歓迎しているとは思えない口調で言い返してくる九龍に、俺も負けじと応戦しながら一歩、また一歩と近づいて。
腕を伸ばせば触れられる距離まで来て、俺の覚悟を知らしめるべく九龍を見つめれば、笑顔ながら笑っていない瞳から零れるのは一滴の涙。

「俺はこうしてちゃんとお前の隣に立てるようになったから。だから…もう、泣くな」
「泣いてない」
「泣いてないならそれはなんだ」
「…汗」
「……ったく、こういう意地っ張りなところも相変わらずだな。だが、そんなお前が俺に残したのは、ロゼッタへの推薦状だ。
それは、許して欲しかったら追って来いと、そういう意味だと取って間違いなかったんだろう?」
「…………」

器用に片方の瞳からだけ雫を零したまま、唇を噛み締める九龍は無言で俺の言葉を肯定して。
一年で幾分か伸びたのか、少しだけ差が縮んだとはいえ相変わらず俺より低い身長の身体を抱き締めてやれば、九龍は悪態をつきながらも俺の背中に腕を回す。

「悪かった」
「本当にな」
「そして、待たせた」
「全くだ」
「それでも、俺はこうしてお前に逢いにきた」

そんな九龍へ俺がまず告げるのは、未だ引きづったままの怒りへの謝罪。
一言一言告げる毎に腕の力を強めて抱き締めれば、悪態をつきながらも九龍も俺を抱き返す腕の力を強めていって、一年ぶりに触れる多少硬質な印象を与える髪へと顔を埋め、愛称ではなく【九龍】と囁けば。

「ぅ…、…」

肩口に顔を埋めた九龍の口から零れたのは、恐らく今まで堪えてきただろう嗚咽だった。

「甲ちゃん、甲ちゃん、甲ちゃん」
「九龍」

何度も何度も、ここに居ることがまだ信じ切れていないように俺の名を呼ぶ九龍を、安心させるように強く抱き締めて。

「ばかこうたろうっ」
「…馬鹿は余計だこの馬鹿ッ」
「お前の方が馬鹿だろうがッ!正体ばれた途端にスキル変えやがって!お前からうとうとするを取ったらロクな取柄がないんじゃボケーッ!!」
「常に特攻野郎なお前に言われたくねえッ!!」
「俺の人生常にアグレッシブ!」
「ああもう、本当にお前は相変わらずだよ畜生…」

それでも時折聞き捨てならない呼び方へは以前のように律儀に突っ込みを入れてやれば、やっぱり甲太郎だと今更納得される。
しかし俺としてもこんなクソ生意気な九龍が懐かしくて、それ以上に九龍に恋焦がれ渇望した心が満たされて。

「お前の望んだとおり、俺はお前の側にいるために道を選んだ。だから、もう俺を置いて行くな」
「し、新人ハンターの、くせにっ」
「ああ、お前に比べたら雛以前の立場だがな。
それでも俺はお前のバディとしてなら誰にも負けるつもりはないし、それに…こうして追いかけてくるくらい、俺はお前に逢いたかった」

会ったら絶対きっちり言ってやると決めていた言葉を、躊躇うことなく九龍の耳元で囁いた。






学園に居た頃の九龍は、常に柔らかい人好きのする笑顔を絶やさなくて。
博愛主義者とまではいかなくとも、誰にでも愛想のいいあいつにとってそれはあたりまえで。
だからこそ誰にでも見せているんだとそう思っていた俺は、遺跡で助けられた後、それが俺自身に向けられることがなくなった事に気が付いて。
そして一言の別れの言葉もなく俺の前から姿を消したことに、ただ愕然としたのをまるで昨日の出来事のように覚えているから。
九龍がどれだけ怒りを持続させていようと、自分の気持ちを隠す事無く九龍に曝け出して、それがどれだけ疑われ否定されようとも、俺は九龍を抱き締め囁くことを止める事はなく。
己の語彙の少なさを腹ただしく思いながら、俺は怒ったまま泣き続ける九龍に大切な言葉を囁き続ける。






「一日でも早く、俺はお前に逢いたかったよ」







本当に、気が狂いそうなくらい、俺はお前に逢いたかった。
そして心の底から、どうしようもないくらい、俺はお前を愛してると告げたかったから。
何度も何度も謝罪して、その身体を抱き締める以上の許しを待っている。







「恨みつらみを一頻り言い終えた後でいいから、ちゃんと俺の言い分も聞いてくれ」






怒っているその姿でさえ、俺にとって大切な九龍の全て。






【逢いたかったのその次は・完】



ひよさんとこんぺきさんの九龍本へのゲストSS初皆主です。
(再録許可頂いた時タイムリー過ぎてちょっと凄いと思った(笑))。
個人的に九龍での常連バディは武士と糸目(…)なんですが、
(後は眼鏡後輩とか文学少女とか留年マッチョとか石好きとか)
ゲストであんまり趣味に走るのもな…と自重して無難であろう皆主に。
しっかし式神といい一柳和の受難といい魔人といい九龍といい、
只管王道から反れる趣向にいい加減苦笑いしか浮かばないわ…。
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