「なあ、九ちゃん。なんで俺を避けるんだ」
「………」
「俺はちゃんとお前に指示された通り、全員と会って(色んな目にあって)来たぞ。なのにお前は、何で俺と目を合わせない?」
「ん…全員分ある」
証拠となる白い紙(指示書?)を見せてやれば、九龍はそこで漸く俺と目をあわせてから、深い深いため息を吐いた。
「あの時さ」
「あの時?」
「甲ちゃんが死のうとしたとき」
「…………」
ぽつりと何の感情の色もなく呟いたその言葉に俺が言葉を失っていると、九龍は学ランの内ポケットから白い封筒を取り出して、それから何をするわけでなく指で弄りながらまた口を開く。
「甲ちゃんが嫌いになった」
「…………」
「俺はさ、元々あんまり人に対して執着ってなくて。来るもの拒まず去るもの追わずが信条だったし、ずっとそれでいくんだろうなって思ってて」
「…………」
「それなのに、甲ちゃんがあんなことしようとして、初めて【他人に対して心の底からムカついた】んだ。何コイツふざけんなって、そう思った」
強くもない力で肩を掴む俺の手を外す九龍は、ムカついたと言いながら酷く傷ついた目を向けていて。
俺は九龍に助けられて自分を偽るようなことはなくなったけれど、その九龍本人は未だ深く傷ついたままだと思い知らされた。
「でもさ。ムカついたのはいいんだけど、俺はそこからどうしたらいいのか判らなくて。ムカつくだけならまだしも、なんかこう、胸のあたりがもやもやしてすっきりしないし」
はふう、と再度溜息をついて封筒と何枚もの紙切れを交互に見比べる九龍は「何せ初めてだしね?」と肩を竦めて視線を外して。
「だから、顔を見るとムカつく以上になんかもやもやする甲ちゃんとはちょっと距離を置いて、皆に色々と相談してみたわけだ」
「…………」
これがお前を避けていた理由です、と傷ついた眼のままいつもの調子で言われても、俺は何も言い返すことが出来なかった。
「全員がどこかしら怒ってたのは…」
「俺が怒ってるけど、どうしたらいいか判らないって言ったからじゃないかなあ。皆優しいから、俺の分怒ってくれたんじゃないのか?」
「…じゃあ、あの物凄い歓迎は?」
「えー…ついでだから皆も甲ちゃんに何か言いたいことがあれば言うといいよっては付け足したけど。でもこんな手荒なマネをしろなんて言ってない」
痛かったか、と言いながら手を伸ばしてくる九龍が右頬に触れれば、俺はいつの間にか怪我をしていたらしく。
ちりっとした軽い火傷に似た痛みを覚え眉を顰めると、九龍の方が痛みを受けたように眉を顰めてしまう。
「ごめんな。怒ってはいたけど、怪我させたかったわけじゃないんだ」
どれだけ不利な状況に陥ろうとも絶対に弱音を吐かなかった九龍の、こんな風に俺にだけ素直に見せる儚さに湧き上がるのは、自分でもどうしようもないと厭きれるくらい酷い独占欲だけ。
「…お前を騙して傷つけた代償がこれなら安いもんだ」
連中の理不尽な嫌がらせは、きっとこいつにこんな顔をさせてしまった俺に対するもので。
それでも原因を止めさせることが出来るのも、また俺一人だということが判っているから。
「怒っていいんだよ、お前は。馬鹿なことを願った俺に怒って怒って、その怒りをぶつけていいんだ」
「でも、俺がそんなことしたら甲ちゃん大怪我するぞ?」
「ばーか。ヤバイと思ったら避けるし、それ以外ならいくらでも受けてやる」
俺は、そんな九龍の怒りを受け止めるのが筋ってモンだろう。
普段九龍は、常に柔らかい人好きのする笑顔を絶やさなくて。
博愛主義者とまではいかなくとも、誰にでも愛想のいいあいつにとってそれはあたりまえで、だからこそ誰にでも見せているんだと、そう思っていた俺は。
遺跡で助けられた後、それが俺自身に向けられることがなくなった事に気が付いて、ただ愕然としたのを覚えている。
でも、その理由を知った今は。
「他の誰にも見せた事のないお前を、俺にだけ俺に見せてみろよ」
笑顔でない九龍の表情が見られるのは自分だけだと言うことに例えようのない喜びを覚え、後悔と喪失感に苛まれて闇に覆いつくされていた感情が本当に色を取り戻した事を知る。
そんな俺に、少々ぎこちないながらも久々の笑顔を見せる九龍から「ずるしなかったご褒美」と手渡されたのは、俺の為に初めて書いたというロゼッタ協会への推薦状。
…卒業後も九龍の側にいるコトが許されると同じ意味を持つそれは、今の俺にとっては下手な愛の告白よりも余程強烈なモノだった。
【笑顔よりも 完】
みたらあまりの長さにボツになったものをこっちに載せてみたり。
皆守は腹を括ったら清々しいくらいオープンに九龍を追っかけて
引っ付いてあげく独り占めしているイメージがあるのですが。
…こんな皆守ってありなんでしょうかね…(今更聞くな)