王女エリンシアのもと、アイク率いるクリミア軍が狂王アシュナードを倒し、見事祖国を解放、復興させたその後の話。
復興したとはいえまだまだ元通りとは言い難い状況であったため、エリンシアに請われ団長であるアイクを始め、グレイル傭兵団全員がまだ王宮使えになっていたような頃。
「やはり、ガリアで食べる肉はうまいな」
クリミア復興に協力すると逸早く声を挙げた隣国ガリアにて、先の戦いで種族の壁を越えて友人となったライを前に、ベオクのはずのアイクはラグズ顔負けの食欲を見せていた。
「……」
「どうしたライ。俺の顔に何かついているのか?」
暫く用意された食事を平らげる事にのみ専念していたアイクだったが、ふと微妙に呆れの混じったライのオッドアイと視線が絡み、そこで漸く自分が友人そっちのけになっていたことに気が付いたらしい。
「すまん、もしかしてお前の分も食べたか」
「これは全部お前に用意したやつだから遠慮しないで食えよ」
「それならありがたくいただくが…何か俺に言いたい事でもあるのか?」
「ああ、折角二人きりなのに、お前は相変わらず色気より食い気なんだなぁと」
「…は?」
だが返ってきたライの言葉を理解できず、今度はアイクが(骨つき肉を片手に)呆れて眉を潜める番だった。
「は?じゃないって。お前ってばふらりとガリアにやってきたと思ったら、着いて顔を合わせる早々挨拶もそこそこに『ライ、腹が減った』だもんな。
判っていたくせに、ちょっとでも甘い再会の場面を期待していた俺がバカだったなと、そう思ってただけだ」
「…?何を期待していたのか知らんが。言いたい事があるなら聞くからはっきり言え。意味が判らん」
「うん、本当にお前に甘い何かを期待した俺がバカだった…」
まるで意味を分かっていないくせに、それでもきちんと話を聞く気満々といった態度を示すアイクとは正反対で、ライは相変わらず伝わっていない自分の想いに明後日の方角を向いて肩と尻尾を落としていた。
「…ライ」
「んー?」
「ほら」
だがアイクとしては何か気落ちさせるような事をしたという自覚だけはあるのか、しばらく視線をそらしたライを見つめていたかと思うと、手にしたままだった骨つき肉をずいっとそのオッドアイの前に差し出した。
「アイク?」
「食え」
「…いや、だからここにあるものは全部お前のために用意させた分だって」
「いいから食え」
「……」
とりあえず何か食べれば落ち着くだろうという、そんな微妙に斜め上を行くアイクなりの気遣いに再び気落ちしかけたライだったが。
「いいのか?」
「だからさっきから食えと言っている」
「じゃあ、遠慮なく」
「ああ、ほ…らっ?」
何かを思いついたのか猫らしくニィっと目を細めて笑みを浮かべたと同時に、差し出されたままの骨つき肉ではなくそれを掴んでいるアイクの手を取り、不意を食らって無防備なままのそれを思いきり引き寄せると。
「何す…ッ!」
剣士らしく硬く節くれだった指に素早く口付けるや否や、驚愕に息を飲むアイクの抵抗よりも早く猫特有のザラつく舌を指の股に捩り込んだ。
「馬鹿っ、離せ!」
「嫌だね。食えって言ったのアイクだし。…ならいっそお前ごと食わしてよ」
先ほどまでの気落ちは何処へやら、不意打ちのせいでアイクが上手く力の入らないことをいい事に、ライは嬉しさそのままに尻尾をゆらゆら揺らしてはザラつく舌で指を舐め続ける。
「はな…」
「悪いようにはしないから、おとなしくしてろって」
くすぐったいというかむず痒いというか、得体の知れぬその感触にぞわりと鳥肌を立てて身を引こうとするアイクを逆に引き寄せ、場所も考えずそのままライは覆い被さろうとしたのだが。
「この後…いってえええええ!」
「アイクを離せ、ガリアの戦士の風上にも置けぬ馬鹿猫め!」
「……レテ……」
「アイく、ダイジョウぶカ?」
「モウディまで」
一体何処から現れたのか。
引き剥がされるように急に背後へ引っ張られたかと思った矢先、ライの頭にレテの踵落としが炸裂し、アイクには背後からモウディが気遣わしげに声をかけた。
「ちょ、お前な!いくらなんでも踵落としはないだろっ?!」
「ふん、アイク相手に俄か発情期が何を言う。いくら知己の間柄でも国賓相手に恥を晒す前に止められて何よりだ」
「アイクが国賓?!聞いてないぞ俺」
というかお前俺に会いに来たんじゃないの?!と驚愕にオッドアイを見開くライに、アイクは一瞬だけきょとんとして、そしてすぐに思い当たることがあるのかポンと一つ手を打った。
「…国賓かどうかは俺も知らんが。今回はお前に会いに来たわけでなく、エリンシア直々の依頼でのガリア訪問だな」
「だったらもっとちゃんとした手順を…」
「そうなるのが面倒くさいから、カイネギス殿にだけ先に手紙を送って、後は休暇という名目でこっちに来たんだが。…ひょとしてまずかったか?」
「ソンなこトはナイぞ、アイく。用事がスんだラモウディたちとイッショにゆっくリすルとイイ」
「あまりにもお前らしくて突っ込む気にもなれんな。だがまずは王との謁見を済ませてくれ。エリンシア女王の近況を知りたいと先ほどからお待ちだ」
「あ、そうか。腹が減ってて肝心なことを忘れるところだった」
脳天を直撃した痛みに未だ蹲っているライを他所に、レテに促されモウディに支えられ、アイクは本来の目的のためにその場を後にすべく立ち上がる。
「謁見が終えたら一緒に食事をと仰せだ。飛び切りのモノを用意してあるから、あまり腹を膨らますな」
「そうか、それは楽しみだ」
「モウディ、アイくのためガンばッタぞ」
「期待してる」
「オオ!」
ライが「ちょっと待て俺も一緒に…」と立ち上がろうとした所に「お前は他に仕事があるだろうが」とレテから拳を食らい。
先ほどの痛みにまた加算され蹲るライの口に、今度はアイクが未だ手にしていた骨付き肉を突っ込み、飼い猫にするように軽く頭を撫でてその場を後にした。
「結局こうなるわけね…」
流石にカイネギス相手にアイクを取り合うわけにもいかず、アイクから口に突っ込まれた骨付き肉をもそもそと頬張りながら、尻尾を落とし意気消沈して仕事に戻るライの姿が目撃されたとか。
【指を舐める・完】