誰かに背中を預けたことがなかった訳でなく、かといって必ず預けるような相手がいた訳でもなく。
傭兵という職種柄、状況に応じて相手を変えて背中を預け、時にはたった一人で全てを片付けてきたせいか、特別な一人を選ぶようなことはなかったはずなのに。
「アイク」
そんなアイクが信頼よりも安心を、信用よりも安堵を覚えたのがたった一人のその男だった。
小難しい事を考えるのが苦手な分、常日頃から体を動かしていることが多すぎるせいか、アイクは少しでも暇があればこくりこくりと船を漕ぎ出す癖があると自覚はあるのだけれど。
自覚はあっても、その時の自分の状況を見極めた上での癖だからと、アイク自身はそれを治すつもりはなく。
勿論場所どころか世界が変わってもその癖は相変わらずで、職種も人種も何もかもがめちゃくちゃな世界に召喚されてからですら変わる事はないのだが。
「アイク。寝るなら自分の部屋に戻るか、せめてそっちのベッドに行け」
いつも通り遠慮なしに訪れる睡魔にあっさりと落ちようとすれば、いつも決ってかけられる声があった。
「…ん…」
どちらかといえば、アイクは機嫌が悪いか怒っているようにみえる程に無愛想なものだから、最初は取っ付きにくさが先に来てどうにも近寄りがたい雰囲気を持っているものの。
一度彼の(大変分かりにくいが)朴柮とした優しさに触れてしまえば、自然とそれに惹かれた者達による彼を囲む輪が出来てしまって。
「アイク」
だがアイクは、動物系や子どもたちが一緒の時は自分の膝やら背中やら簡単に提供して、彼等が眠りにつくための場所を与えるくせに、何故かスネークと一緒に居る時だけは、アイクは手合わせよりもこうしてうつらうつらしていることが多かった。
「おい、アイク」
実際今もスネークの部屋にやってきてはろくに会話もしないうちにさっそく船を漕ぎ出してしまい、毎度のこととはいえ部屋の主は年上らしく注意を促してはみるも。
「……ここでいい……」
アイクは(流石に側には置いてあるが)ラグネルでさえ鞘を外すといった、傭兵らしくない何とも無防備な状態でスネークの肩に頭を預け、さらに押し寄せる睡魔にあっさり白旗を振る直前だった。
「アイク。こんな可愛いことをして、俺に襲われても文句は言えない状態だということが分かってるのか?」
だがスネークにしてみれば、まるで甘えるというか誘っているようなアイクに対していつものように手を伸ばしかけ…。
「…うる、さいっ」
「アイク?」
「いつも十分眠らせない、アンタが悪い」
「……」
不機嫌さを露にして薄く開かれたアイクの大空を思わせる瞳に至近距離で睨まれたあげく、そもそもの原因が自分にあるのだとしっかりと責められて、結局スネークは肩を奪われたまま何も出来なかった。
「……」
まどろみが熟睡に代わり、肩に寄りかかっていたアイクの頭がずりずりと落ちて膝を奪う形になっても、やっぱりスネークは身動き一つ出来なくて。
豪快に居眠りをした挙げ句大の字になって熟睡するアイクは、久々に満足のゆく睡眠がとれたとか。
【大の字・完】