『兄さん』
義弟が、俺を呼ぶ時。
意図しているわけではないそれは、何かを隠してはいないかとあらぬ期待をしてしまう身には、時として酷く甘くに耳に入る。
『兄さん』
舌足らずだった、幼かったあの頃とは呼び名が変わって、その分少しだけ戸惑いながら。
大人になってまで頼ることに若干照れがあるのか、遠慮がちなその声は、何があっても、何があろうとも、どこにいても迷わず俺を呼ぶから。
『兄さん』
見守り続けた分大きく育った背徳的な暗い望みに支配され、挙げ句捉え違えたその声に惑わされ。
義兄としてではない手を差し出しそうになりながら、信頼を真っ直ぐ向けてくる瞳に射抜かれては、結局いつも寸でのところで我に返る。
「兄さん?」
伸ばしてしまった手をそのまま引くつもりも潔さもなくて、後ろめたさを誤魔化すように頭を撫でてやれば。
僅かに驚きを見せただけで、後は何ら気にした様子もなく、幼い頃と変わらず破顔してみせるから。
「さっきからぼぅっとした挙句、いきなりどうしたの、兄さん」
「いや…お前が頑張っているから、何となくだ」
「…なにそれ」
気恥ずかしいのか、少しだけ顔を赤くしながらも俺の手を止めようとはしない、その曇りない笑顔を失いたくなくて。
誰も知らない、自分だけのそれを壊してしまうのが恐ろしくて。
結局本当のことは何も言わず、何も出来ずに、包容力を見せる程度の義兄として許される行動を取ることしか出来ないのは。
「子供扱いされて嫌じゃないのか?」
「んー…そりゃ人前だと恥ずかしいから止めてほしいけど。
僕、ずっと兄さんの手も好きだから」
「そうか」
この陽だまりで微睡む時の心地好さに似た、穏やかな幸せを壊す事は望めそうにはないからだろう。
・義弟視点
『兄さん』
この人を、呼ぶ時に。
あとどれくらい想いの丈を込めたなら、僕の事を違う目で見てくれるのだろう。
『兄さん』
ずっとずっと、本当に自分でも感心してしまうくらい前から、僕はこの人だけを想って来たのに。
どれだけ想いを込めても、義兄という立場のこの人は気付いてくれることはなくて。
そのくせ応えてくれていると錯覚しそうなくらい、とても優しく僕を見守って、そして包んでくれるから。
「さっきからぼぅっとした挙句、いきなりどうしたの、兄さん」
「いや…お前が頑張っているから、何となくだ」
「…なにそれ」
子供の頃のように頭を撫でられると恥ずかしさを隠せなくて、けれどあまりの心地好さに無条件で甘えてしまう。
「子供扱いされて嫌じゃないのか?」
「んー…そりゃ人前だと恥ずかしいから止めてほしいけど。
僕、ずっと兄さんの手も好きだから」
「そうか」
どうか気付いて。
想いの丈を込めた声に気付いて。
好きなのは手だけじゃない。
撫でられる事だけじゃない。
「…兄さん」
「どうした。止めてほしいか?」
「ううん、何でもないから止めないで」
僕が、あなたに子供のように甘えたいだけじゃないことに、どうか早く気が付いて。
なきたくなるくらい、ぼくは、あなたのことが、すきなんです。
【 躊躇う手・躊躇わぬ声 完 】
お誕生日のお祝い(かついつもありがとうのお礼込み)進呈品。
リクエストにお応えして流行り神の義兄弟だったんですが…
なんで私が打つと掛け算でなく一方方向な両想いになるのか。
掛け算はおろか足し算とも言い難い内容でごめんなさい(汗)
またいつかリベンジさせてくださいませ〜今度こそは!(え)