風になりたい(外法帖・御神槌×緋勇龍斗(♀)



ひらひらと、ゆらゆらと。

小さな舞を舞うように、季節外れの桜の花びらが鬼哭村に降りしきる。

さざめく風に吹かれてひらひらと、ゆらゆらと。





「主よ………」





この村の住人で、そして教会の神父である御神槌は、自由気ままに舞を舞う花びらを眺めることなく、一人静かに神へと祈りを捧げていた。


「主よ……どうか私が彼女の為に祈ることをお許し下さい。
私に彼女の幸せを祈らせて下さい。主よ、どうか………」


私が彼女を愛することをお許し下さい。
報われなくても構わない。
ただ、私が彼女を愛することをお許し下さい。


語ることなき神にいつものように、御神槌はひたすらに祈っていた。
この村のみならず、江戸を、この国を、そしてこの世を救ってしまった一人の少女の為、御神槌は己の持てる全てを捧げて神に祈り続けている。




ひらひらと、ゆらゆらと。

小さな舞を舞うように、季節外れの桜の花びらが鬼哭村に降りしきる。

さざめく風に吹かれてひらひらと、ゆらゆらと。





「あの時、あの方が導いてくださったから、私はこうして今を生きている……」


神への祈りを一通り終え、そこで漸く御神槌が外へと視線を移せば、彼の穏やかな細い瞳に無数の淡い色彩が飛び込んでくる。
その美しさを目にすることが出来る喜びにまた神へ感謝の祈りを捧げ、そうして御神槌が思い起こしたのは、あの少女がこの村へやって来たばかりの頃のこと。


あの時……井上屋敷にて九角達本隊とは別行動を取った御神槌を、誰かに言われたからでなく、彼女は己の意思でたった一人で追いかけてきた。
九角から頼まれたからでなく、他の仲間から求められたからでもなく、ただ、己の意思のみで御神槌の身を案じて少女は追いかけてきた。
しかし思わず哀れみですかと問いただしてしまった御神槌に、少女は一瞬だけ酷く悲しそうな表情になって俯いたと思いきや、すぐにきっと面をあげて御神槌を睨みつけた。



『神父さまが間違ってるって、誰が言ったの?』
『…………?』
『神父さまのお祈りの声が届かないなんて、誰が言ったの?
神父さまが間違ってるなんて、そんなこと誰が言ったの?!』
『え……?』
『今からしようとしている事に、神父さまがそんな顔することない!そんな悲しい顔することない!なにをしたって、神父さまは、神父さまなんだから……ッ!!』
『…………』




御神槌に悲しい顔をするなと叫んだのは少女の方なのに、彼女は怒りながら、零れる涙を拭うことなく泣いて叫んでいた。



『こんなに一生懸命お祈りしてる神父さまの声が神様に届かないなんて、そんなのわたしが許さない!!』
『………』



思いもよらなかった少女の行動に虚を衝かれてしまった御神槌は、なぜ出合って間もない自分の事を、この少女はまるでわが事のようにこれほどまでに悲しみ、怒ることが出来るのだろうと、今の状況を忘れてぼんやりと考え込んでしまった。



『神父さま、どうしても一人で行くと言うのなら、無意味に死んだりしないって私と約束して!』



しかし、その答えが簡単に出るはずもない。



『絶対に一緒に鬼哭村に帰るって約束して!わたしと…皆と一緒に村へ帰るって!!
でなきゃ絶対に神父さまを一人でなんて行かせないんだから!!』



だが、自分の為にこの少女がこれほどまでに真剣になってくれているというこの現実だけで、答えなど出なくても、今はそれで十分だと御神槌は思った。



『神父さまを救うこともしないで、ただ神父さまの罪を咎めるだけの神様なんて、わたしはそんなの絶対に認めないッ!!
もし神様がそんなことを言うのなら、そして神父さまに罰を与えると言うのなら、地獄ってところまでだってわたしは神父さまについて行くッ!!
なにがなんでも神父さまについて行って、そして神様に向かって大声で叫んでやるんだから!神様の分からず屋ッて!!』



……なんとも支離滅裂な物凄い理屈と言い分なのに、この時御神槌はそれに何故か酷く圧倒されて、そして……気がつけば、御神槌本人の瞳からも涙が零れていた。



御神槌は嬉しかったのだ。



自分の為に泣いてくれる少女の優しい心が。
そして自分の為に泣いてくれる、優しいだけの心だけでなく、怒りをも露にしてくれる強い心が。
ただ、ただ、御神槌には嬉しかった。



『私を信じて下さい……』



少女の心を受け取った御神槌は、自分を信じて欲しいと伝えて彼女を九角達の元へと帰すと、自分の罪と悲しみに終止符を打つべく、たった一人で戦いに挑んでいった。





その結果、敵を倒し仇を討つことは出来なかったけれど。





『よくぞ戻ってくれたな、御神槌よ……』



少女との約束通りに皆の元へと戻ってみれば、そこに待っていたのは、純粋に御神槌の身を案じて待っていた九角等仲間達。



そして。



『神父さま……!!』



御神槌の無事な姿を見るなり、また泣き出してしまった少女。



『神父さま、神父さま、神父さまぁ……ッ!!』



約束通りに戻ってきたというのに、自分にしがみ付いてあまりに酷く泣く少女の姿にいたたまれなくなり、何かあったのかと桔梗に問えば。



『この子は…アンタのことが心配だっただけさね。心配で心配で…でも信じていたんだよ』



本当は不安に押しつぶされそうだったのだと。
けれど、それに負けまいと必死に己を奮い立たせて戦い、御神槌を待っていたのだと。
そんな少女だったから、御神槌の無事な姿を自分の目で確かめられた途端、安心のあまり張り詰めていたモノが切れてしまったのだろうと聞かされた。



『……ご心配をおかけしてしまいましたね……』



この時に、御神槌はこの少女のことを、仲間以上の一人の女性として意識した。
この少女は御神槌の罪を知りながらも、それを拒むどころか両手を広げて受け入れ包み込み、そしてこれから一生涯をかけてその罪を償う覚悟の自分の想いを見届けてくれるだろうと。





   
天国じゃなくても   楽園じゃなくても

    あなたに会えた幸せ   感じて風になりたい







「し、神父さま…!!」
「龍斗さんじゃないですか。どうしました一体……」

桜の花びらをぼんやりと眺め、丁度一年前のことを思い出していた御神槌は、訪れる人も少なくなった教会への突然の訪問者に驚きの声をあげた。

訪問者の名前は《 緋勇 龍斗 》。
今まで御神槌が思い出と共に想いを馳せていた、小柄ながらも凛とした雰囲気を持つ不思議な少女。

「神父さまに……会いに……」
「龍斗さん……」

身を前に屈め息も絶え絶えに、それでもしっかりと龍泉寺から駈けて来たという龍斗の姿に、御神槌は更に驚きを隠せなかった。

「あぁ、酷く埃だらけではありませんか…。大丈夫ですか?
さ、何はともあれこちらにおいでなさい」
尋ね人の顔を見て安心したのか、その場に崩れるように座り込んでしまった龍斗に肩を貸し、御神槌は教会の中へと招き入れる。

「………?」
だが、龍斗の手を取ったところで、彼女のそれが酷く固く握り締められていることに気付き、どうしたのかと顔を覗きこむと…。

「お……じぃちゃ……これ、大切………神父さま……」

…………意味が判らない。
それよりもまず龍斗の呼吸を整えさせてやる方が先だと判断した御神槌は、教会の入口に彼女を寄りかからせてから、急いで井戸から冷たい水を汲んできた。

「……………ッは――――ッ!!」
「落ち着かれましたか?」

一息にそれを飲み干し大きな息を吐く龍斗に苦笑いしつつ、御神槌は未だに強張っている右手を取って優しく擦る。
「おじいちゃんが……円空おじいちゃんが、これを大切な人に渡しなさいって。
それで、わたし……」

ここへやって来る間、固く握り締めていたせいで感覚が麻痺してしまっていた右手を、御神槌が優しく擦ってくれたお陰でなんとか指がほぐれてきた。

「これは……!」

龍斗の右手に握られていたのは揃いの数珠。

「わたし、神父さまが、大切だから。だから、神父さまに、持ってて欲しくて……」

円空から数珠を貰ってから勢いでここまで駆けてきたせいで、今までは何も感じていなかったが、いざその数珠を御神槌に差し出したところで、龍斗はようやく自分が何をしているのか自覚したのだろう。
ここへ着いた時より更に…というか、これ以上ないくらいに顔を赤くして、しどろもどろに言葉を紡いで、握り締めていたそれを御神槌に差し出す。

「龍斗さん……」

………が、差し出された御神槌の方も、龍斗に負けないくらい真っ赤な顔をしていた。

「…………」
「…………」

二人は暫く赤い顔のまま互いに見つめあい、

「…………」
「…………」

見つめあい、

「…………」
「…………」

見詰め合って…、

「………ふふッ」
「………ふふふッ」

やがて、どちらからともなく笑みが零れた。

「龍斗さん……」

喜びに湧き上がる気持ちをどう伝えたら良いのか判らず、とにかく想いを伝えようと御神槌が龍斗をそっと抱締めれれば、彼女は何の抵抗もなく腕の中に納まった。

「…貴女は…、このように大切なものを私に下さるというのですか……」

数多の仲間の一人ではなく、たった一人という特別な意味で。
暗に自分のような者に渡して構わないのかと問いかける御神槌に、龍斗はゆっくりと顔を左右に振る。

「もともとは、これが大切なんじゃないわ。神父さまが持っていていてくれるなら、私にとって大切なものになるの。そのことが一番大事なの」
「………」

そう言って、少しだけ御神槌から身体を離し、龍斗は未だに少し赤みの残る顔で、はっきりと自分の想いを口にした。




「わたし、神父さまが好き。
他の誰より、神父さまが好き」




力一杯、思いの限りに龍斗が言った。
御神槌の目を真正面から見据えて、目を逸らすことを決して許さずに。
御神槌が龍斗のことを初めて意識した、あの時のように龍斗は言った。

「……………」
「……し、神父さま……?」
「……………」
「神父さま…どうしたの…?」

龍斗の告白が嬉しくて、嬉しいからまた彼女を想いのままに両の腕に抱締めたのに、御神槌はその喜びを言葉として口にすることが出来なかった。

「どうして…貴女は。どうして貴女は、いつも私が最も望む言葉を下さるのでしょう」
「神父さま?」
「私はいつも貴女に救われて、そして癒されてばかりです。
私だとて、貴女の為に何かして差し上げたいと、何か出来る事はないかと願っているのに。
なのに私はこうして貴女に与えられてばかりで、何もして差し上げることが出来ない」

そのことがもどかしくて、愛を伝えたいのに口に出来ない。
そのせいか、やっとの思いで口を開けば出てくるのは謝罪の言葉。

「神父さま。それは違うわ」

そんな御神槌を安心させるように龍斗は彼を抱き締め返し、胸に顔を埋めてそんなことはないのだと言い切った。

「そんな事を言ったら、わたしのほうこそ神父さまに返しても返しきれない事をして貰ったのよ」
「……?」
「桔梗の姐さまに、この村に連れて来られて最初に会った時。
神父さまはわたしがどんな人間かって言葉で試すこともなく、ただ、よろしくお願いしますとだけ言ってくれたから」

そう言って御神槌が優しく微笑んでくれたことに、龍斗は言い表し難いほどに助けられたのだと言う。
見かけによらず物怖じしない性格だとは言われる龍斗でも、本当は物凄く不安だらけだったのだと。

「それだけで…?」
「そ、それだけなんかじゃないもの。
……うまく言えないけど、わたし、あの時ほど嬉しくて、助けられたと思ったことなかった」

呆れともとれなくもない御神槌の驚きに、少しだけ機嫌を損ねていると判る声で龍斗が反論する。
そして「本当なんだから」と龍斗がもう一度呟けば、それだけで…御神槌の心から不安が消えた。



「あぁ、本当に全く貴女という方は……ッ!」



敵わない、と思う。
龍斗の純粋すぎる程に素直な心には、絶対に敵わない。





   
生まれてきたことを   幸せに感じる

    かっこ悪くたっていい   あなたと風になりたい






「では…私もきちんと自分の想いを口にしましょう。
私は貴女が……いえ、貴女を愛しています。
たった一人の女性として、私は《 緋勇 龍斗 》という貴女を愛しています」

少女の耳元に顔を近づけて小さく、それでもはっきりと御神槌が囁けば、龍斗は真っ赤になりながらもにっこりと微笑んだ。




もう、こんどこそ御神槌は迷う事はない。
不安に感じることもない。

苦しみに押しつぶされそうだった自分の心を救ってくれたこの少女の為に、今度は自分がなりふり構わず剣となり盾となって、全身全霊で護り救いたい。





天国じゃなくても   楽園じゃなくても

    あなたの手のぬくもりを   感じて風になりたい






   
天国じゃなくても   楽園じゃなくても

    あなたに会えた幸せ   感じて風になりたい





           
風に   風になりたい




【風になりたい・完】


えー…ひねりのない名前ですスミマセンと先に謝ります。
で、次にごめんなさいは「女主人公」であるという点。
(御神槌×女主であることはすでに二の次)。
でもまあここに来る前に注意書き読んでる人だけが
ここにいるんだから、誰も怒らないですよね?ね??
管理人大好きなんです御神槌。外法帖は全て彼の為に
プレイしているといって過言ではないです。神父に愛連打。
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