感謝します。
感謝します。
ただ、あなたが無事に戻ってきてくれた、その事に。
感謝します。
感謝、します…。
「はあ〜、流石にしんどかったわ」
「…………」
北アルプスでもゲイツ氏誘拐事件も無事解決、百舌鳥からの命令で息つく間もなく県警の捜査本部への調書作成協力も何とかこなして。
「これでやっとメシにありつけるな」
「…………」
一先ずながらもこれでようやく肩の荷が下りたとほっと一息ついた波戸は、一緒に部屋へ戻ってきてからと言うもの一言も言葉を発しない悟が気になっていた。
疲れているのかと思って。
同時に心配をかけたとも思って。
でも何故か声をかけにくくてわざと差し障りのない言葉を口にしてみるのだが、悟は全く反応しない。
「はよ着替えてメシ食べよ。腹減ったし…お前もやろ?」
「……………」
辛うじてこう切り出してみても、悟はこちらへ背を向けたまま黙々と着替えていて、一向に口を開こうとしなかった。
(…なんや怒らせることしたかな)
あの雪山からせっかく生還したのに、つまらないことで悟と喧嘩するなど御免被りたい波戸は、必死に己の言動を振り返ってみるのだが、悟がこうも不機嫌になっている理由にはどうしても思い当たらない。
(なんやろなぁ…)
何となく顔を合わせ辛くて波戸は悟に背を向けた状態で黙々と着替えをしながら、うーんと真剣に考え込んでみるのだが、やっぱりどうしても思い当たらない。
唯一思い当たることと言えば、空腹が過ぎて何かムダ口を叩く余裕すらないのではないかということのみ。
「はぁ…」
それならば良いのだが、どうもそんなことが理由ではないような気がして、波戸は切なげなため息を一つ零して……。
「………ぅおっ?!」
素っ頓狂な声をあげてしまった。
「さ、悟?どないした?」
「……………」
何故なら自分と同じように背中を向けていた悟が、何を思ったのか、いきなり半端に着替えた状態の波戸へ抱きついてきたからだ。
「どないしたんや…?」
抱きつく、というよりはしがみ付くようなそれに、波戸は少しだけ躊躇いがちに悟へ声をかけ首だけで後ろを振り返る。
だが波戸の背中に顔を埋めている悟の表情を伺い見ることは出来ず、結果何をどう声をかけてやれば良いのか判らないので波戸はしばらく無言で悟のしたいようにさせていた。
ただ自分の身体に回された悟の手を取り、あやすように軽く撫でてやれば、まるでもっとと強請るように悟は波戸の手に自分のそれを重ね絡めてくる。
「俺は、ここにおるで。またお前に助けられて、ちゃぁんとこうしてここにおるやんか」
その様に悟が何を言いたがっているのかを何となく察した波戸は、あえて努めて明るい口調で悟に声をかけて、そしてもう一度「ここにいる」と伝えた。
「…め……さ……」
「悟?」
「ごめんなさい…」
しかし悟はそれに安心するどころか更に強くしがみ付いてきて、そして何故か謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい……ごめ……さ……」
しかも謝罪の言葉を重ねる毎にその声音は段々涙交じりのものになってゆく。
「何や、何を謝るんや?」
これには流石に波戸は驚き、自分に回された悟の腕を外してすぐさま身体を反転させてみると、悟は何とか嗚咽だけは堪えようとしていたのか、その反動で派手に零れる涙に顔を濡らして俯いていた。
「どないしたんや…」
ぱたぱた、と音を立てて畳の上に落ちる涙に居た堪れなくなった波戸が、何とかその涙を止めようと頭を撫でてみるが、悟は面を上げただけで、その双眸から零れる涙が止まる事はない。
「……泣かんといて。何やお前に泣かれると、俺はものごっつ辛いわ……」
そんな姿に波戸は少しだけ躊躇った後、意を決して謝罪の言葉を口にしながら泣き続ける悟の身体をそっと抱き締めた。
「俺はここにおるやん。なのにお前は何で泣くんや?」
「………を………」
「ん?なんや」
「波戸さん、を。信じきれて、なかった…」
「え?」
「やま、に。…いつでも、飛べるよ…、体力温存……それより、ラマで待……」
「悟??」
「俺は、まだぜんぜ……一人前、なれなくて。
波戸さんを助けること……最優先に、そう思うなら、ちゃんと休んで、体力を温存……なのに操縦席に座っていないと、波戸さんを助けられない、……怖くなって……百舌鳥さんに怒られても、出来なくて……!」
「…………」
無駄に体力を消耗するだけだからと、何度も何度も怒られて、最後には怒鳴られてまでも操縦席を離れることが出来なかった。
関わる全ての者の命を預かるラマのパイロットである以上、天候が回復するまで待機するしかなかった悟には、それが最も優先すべきことだったのに。
それでも、出来なかった。
波戸が傍にいない、そのことが、悟にとってとてつもない恐怖になって。
己が成すべき事が出来なかったのだ。
「ごめんなさい…!」
だから、すべてが片付いて、こうして波戸と二人きりになった悟は、どうしても謝らずには居られなかったのだという。
「…うー……っ、う……」
こうしてその胸中に蟠っていた言葉を吐き出した悟は、波戸の胸に顔を埋めたままとうとう盛大に泣き出した。
「……悟……」
一方の波戸は、悟が無言になっていた理由を知って、怒るどころか逆に喜びを感じてしまう自分に呆れていた。
「……俺が、心配だったんか?」
「………」
「百舌鳥さんに怒られても、操縦席から離れられんくらい、心配やった…?」
「………ごめ……い……」
問いかけに一つ一つ首を縦に振る悟を、「敵わんわ…」と呟いてから波戸は再度抱き締めて、今度は日本人にしては珍しい元から色素の薄い猫毛に顔を埋めて。
「悟、謝るんは俺の方や。俺の方こそごめんな。こないにお前に心配かけて、ホンマにすまん…」
「……はと、さ…?」
「それと…も一つ御免な」
「…え…?」
「こないに悟に泣かれてるのに俺は今、ごっつ嬉しいんや…」
悟にとって絶対と同様の言葉を持つ百舌鳥の命令に背いてまで、波戸の身を案じてくれていた、そのことに。
ASEのドライバーとして取るべきではない行動を取ってまで、案じてくれていた、その事に。
「いいんやろか。お前にとって、俺は百舌鳥さんの命令に背いてまで心配するくらい、大事な位置にいる、そう思っていいんやろか…」
「……はとさん……」
波戸が告げた言葉を否定するよりも、悟は自分からも抱きつくことでむしろ肯定してみせて。
そしてそれとは別に「怒ってない…?」と伺うように問い返す。
「怒るようなことは何もあらへん。 ……百舌鳥さんかて、結局お前のしたいようにさせてくれたっちゅうことは、それでも大丈夫や思ったから違うやろか」
「ほんと…に…?」
「…俺がお前のすること疑ったことないのと一緒や。 俺は、お前に嘘なんかつかん。それにな」
「?」
「まだまだ俺かて一人前には程遠いけど、ちょっと偉そうなコト言わしてもらうけどな。
…本当に未熟なら自分が未熟なコトにさえ気付かんと思うんや」
「……………」
慰めるのとは違う。だがしかし波戸のそれは間違いなく悟を励ますもの。
波戸がASEに入る切っ掛けを作った、天才の輝きを更に強く輝かせるための、それ。
波戸の言葉を反芻しているのか、黙り込んでしまった身体を少し離し、波戸はまだ濡れている悟の瞳に、雫の伝った後の残る頬へと唇を寄せて拭い取る。
「……ん……」
そしてそのまま薄く開いた唇へ重ねても、悟は全く抵抗しなかった。
ようやくありつける食事を前に、流石にこのまま押し倒すことはしなかったけれど。
「好き、なんて言葉じゃ追っつかんくらい、俺は悟を信じてるさかい。 お前はお前の言葉で俺を信じてくれたらいい。
そんで……いつか二人で、百舌鳥さんと、お前の親父さんに追いついて、追い越したろ。な?」
「は…い…」
波戸はいままであやふやな態度と言葉でしか表に出すことが出来なかった想いを告げて、そして悟は静かでいてとても激しいその想いを受け取った。
感謝します。
感謝します。
ただ、私が彼の元へ無事帰ることが出来た、その事に。
感謝します。
感謝、します…。
【言葉に出来ない・完】
ようやく仕上がりましたD−LIVEのSSです。
百舌鳥さんにいいとこ持って行ってもらうべく、これとは
別に一生懸命SS打っていたんですが…ごにょごにょ。
しかもコミックス派の方には全く判らないネタですみません。
でも管理人打ち掛けのSS途中で放り出してもこっちを
書き上げてみたんですが…結局何が書きたかったんだ自分。
最近D−LIVE!!で思いつくネタ、百舌鳥さんが出てくると
彼が『おかん』属性を身につけちゃってどうにもいけません。