きみがペット?(最遊記 38)


西に向かって走り続けて幾月か。
山アリ谷アリ川もアリ、いい加減なんでも来いとヤケになったところで出くわした、もしかしたらこのまま出られないんじゃないだろうかと思われた、それはそれは広大な砂漠を死に物狂いで抜けだして、それからさらに走り続けてようやく立ち寄った村で。




「ジープ」




運良く部屋が二つ取れた三蔵ご一行は、夕飯を取り終えると全員湯を使い後は眠るだけ…と思われたのだが。

「ずっと砂漠を走り通しで疲れたでしょう?久しぶりにマッサージをしてあげますよ」


だからこちらにいらっしゃい。


誰もが誉め称える翠の瞳を持つ飼い主は、自分こそ連日運転し通して極限までに疲れているにも係わらず、一番の功労者であるペットを満面の笑みとともに呼び寄せた。

「キュウッ」
「そのまま眠って構いませんからね」

ベッドに腰掛けて己の膝を叩く主人の元へ近づくと、呼ばれたペットは嬉しさそのままに小さく鳴いてから、いそいそとその膝へ細長い身体を横たえる。

「随分凝ってますね〜。お客さんここですか〜?」
「キュキュゥ〜…」

久々にペットと戯れているのが嬉しいのか、八戒はこの上なく幸せそうな笑みを浮かべていて。
男にしておくのがもったいないと常々誉められ(本人にしたら馬鹿にされ)続けている繊細な指が、絶妙な力加減でペットの白い身体を痛めないように凝りをほぐしてゆく。

「ふふ、気持ち良いですかジープ」
「…ピィ…」

そんな丹念に身体の凝りを取り除いて行く指に、ペットは早くも船を漕ぎ出したようで。

「………」
「…おや?」

凝りをほぐされても疲れがたまっていたせいかすぐに深い眠りに落ちてしまったらしく、滅多に耳にすることのない「ぷぴー、ぷぴー」という可愛らしい鼾の音に、八戒は指を止めて愛しそうにふわりと微笑んだ。

「お疲れ様、そしてお休みなさいジープ」

そして八戒はできるだけ上等に誂えた寝床にペットを移して、そこでようやく自分の身体の激しい凝りを自覚して形の良い眉を潜めることになる。

「んー…ッ…!」
「おい」
「おや三蔵、遅かったですね」

少しでもその凝りを和らげようとぐぐっと大きく伸びをしたところに黄金色の人物が現れて、八戒は飼い主という立場から一転下僕へと変わ…ったのは建前だけ。

「せっかく手前ェがペットと戯れる時間を尊重してやったのに、俺に対してはその言い種か、あァ?」

天下の最高僧とは到底思えぬその言い種と共に三蔵は尊大に自分のベッドへ腰掛けて、有無を言わせぬ気迫でもってシーツを叩く。

「…僕、疲れてるんですよ?」
「ンなこたぁ言われなくても判ってる」


だからとっととここに横になりやがれ。


何やら不満盛大にのろのろと近づいてくる翠の瞳に、黄金色した最高僧は最早眼力だけでそう圧力をかけ、自他共に認める気の短さそのままに相手をベッドへ押し倒す。

「ちょ…ッ…今日はヤですよ!」
「お前は馬鹿か」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんです!」
「馬鹿じゃなきゃ子供かお前は…」

そんじょそこらの輩が太刀打ち出来ない程の美丈夫な最高僧は、呼び寄せた相手が自分を拒む事に名刺が挟めそうな程に眉間に皴を寄せた。

「少し黙ってろ」
「わぁッ?!」

だが別に機嫌を損ねたとかそういう事ではなく、熟睡しているペットを気遣い極力小声で異議を申し立てる相手の身体を器用に反転させてしまった。

「え」

今まで翠の瞳は紫暗のそれを見つめていたのに、突然それは全てシーツの白に置き換えられて。

「疲れてるんだろう?」
「そうですけど…」
「ならおとなしくしてろ」

何ごとかとうつ伏せのまま背後を振り返れば、そこには自分に馬乗りになっている尊い(はずの)最高僧さまの姿。

「なに…をーッ!」



べきぼきばきっ。



不安に駆られ声をかければ強制的に頭を戻され、肩に手がかけられたと思うと同時に部屋一杯に奇怪な音が響き渡った。

「ーーーッ!」
「凄ぇ凝りようだな」


ぼきばき、ぼき。


突然の事に八戒が息を飲むのをよそに、その背中に馬乗りになっている三蔵は怯む事なく、更に奇怪な音を発生させてゆく。

「ん…ふぁ…」
「どうだ?お師匠様直伝だからな、痛くはないはずだが」
「ものすごい音がちょっと怖いですが…でも気持ちイイです…」

まさか自分が、しかも(天上天下唯我独尊とてつもなくものぐさな)最高僧からマッサージを施されるとは思いもよらなかったが、その奇怪な音の大きさとは裏腹に全身に広がる気持ち良さに、八戒は詰めていた息を吐き出してうっとりと声を絞り出した。

「…ふにゃ…」
「眠かったら寝て構わないからな」
「…ぅー…こんな機会は二度となさそうなので…勿体無い…」
「だからって無理に起きてる必要はない。余計な力が入って却ってやりにくいんだ」
「あはは…そうですかぁ?でも…僕ってばあなたの下僕なのに…いいんでしょうかねぇ…」

凝りが解れるにしたがい強まる眠気になんとか逆らうべく、閉じそうになる口を必死に開いて「普通逆ですよねー」と笑えば、俄か按摩師と化した最高僧は今度こそ不機嫌になってしまう。

「猿と河童はともかく、なんでお前まで下僕なんだ」
「…なんで…なんででしたっけ…?」
「………」

だが八戒が抵抗空しく船を漕ぎ出してしまっているのを伺い知ると、やり場のない怒りを大きく短い舌打ちに代えて、今度は指先を使った細かいマッサージを施し始める。

「ん…さんぞー…」
「痛いか」
「…いーえー…気持ちイイですー…」
「ならもう黙って寝てろ」
「…そうなんですがー…」

八戒は完全に寝惚けているような間延びした声で、それでも今言わなければと緩慢な動作で背後を振り返り。

「んーとですねぇ…げぼくのはしかたがないんですがー…」
「だからお前は下僕じゃないと…」
「…それより…あなたになら…じーぷみたいにー…かわれてもいいなぁ…と…おもいますよー…」
「………」


だって、こんなに気持ち良いマッサージしてもらえますし。


普段の様子からは想像できない幼さでそれを告げたところで力尽きたのか、八戒は子供のようににこっと破顔してみせると、その笑顔のまま完全に寝息を立て始めた。

「…おいちょっと待て…」

一方寝入り間際の八戒の言葉に、ひどくうろたえて固まっていた最高僧サマはというと。



「下僕だのペットだのという前に、手前ェは俺の《恋人》だろうがッ…!」



ほんの一瞬間を置いた後、馬乗りになっていたその身体へ伸しかかるように倒れ込み、先程の言葉を反復しては通じあっているはずの心が微妙にすれ違っている現実を思い知らされ項垂れる。

「馬鹿が。手前ェ以外に俺がわざわざこんな事するかってんだ」

自分の体力ぎりぎりまで他者を気遣い続けるくせに、全くと言っても過言ではないまでに自分を労ろうとしない八戒に業を煮やした結果がこれなのに。



「いい加減気付きやがれ」



一緒に暮らしていた悟浄でさえ、無防備な寝顔なぞ滅多に見られなかったとぼやいていたのに。






「…お前は俺の事を信じてりゃいいんだよ」






自分の前ではいとも簡単に寝顔を晒す八戒に三蔵は苦虫を潰したような顔になりながらも、彼を抱き寄せ瞼を閉じた







眠りに落ちるその瞬間、最高僧サマの脳裏には腕の中の人物との「幸せ計画」が浮かび上がっていたとかいないとか。



                              
【きみがペット?・完】



三蔵どころか八戒の性格がまだよく掴めていません。
誰コレ…と思っても構いませんから突っ込まないで下さい。
大目に見てくださいお願いしますイヤほんと(平伏)
式神の金さんとはまた違ったキャラなんで、被らないように
被らないように〜と四苦八苦してるのがばればれですなあ。
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