言わずもがな、日本の夏は酷く暑い。
じりじりじりじり。
じわじわじわじわ。
じとじとじとじと。
照りつける太陽による日差しと暑さだけでもがっつりと気力体力を根こそぎ持っていかれると言うのに、それに拍車を掛けるのがアスファルトやビルによる照り返しと、そして何より不快極まりない湿度。
「暑い…」
夜になってもそれらが和らぐ事のない、まさに灼熱地獄と化す日本の首都東京の片隅に、一際暑さに音を上げている人物がいた。
「…なぁ金さんや」
「なんですカ」
「暑いと思わんかね」
「そうですカ?」
音を上げている割にはしっかりと半同居人にまとわりつき、そして素知らぬ振りをしながら襟に手を伸ばしてはちゃっかり衣服の留め紐を解こうとしているのは、血筋だけは紛う事無く立派な一柱の大神。
…その立派な血筋の威厳もなんのその、溢れんばかりの愛と言う名の独占欲で、己の本能に忠実に従っている大神の名は日向玄乃丈。
そして大神からまとわりつかれ、器用に半分変化した姿にほだされまいと引きつった笑顔で押し返しているのは、術者としての腕は勿論、テコンドーを主体とした体術だけでなく家事能力まで長けた(ある種才色兼備の)金大正。
「金さんや、見た目が暑いからちょっとは脱がないか」
「暑い言うは日向サンだけデス。私は別に暑い、言うしてナイですカラ」
「…少しくらい、服をはだけてみせても罰は中らんだろう」
「バチが中るは私違います。それは不埒な手付きする日向サンでしょう?」
「ここのエアコンの設定温度が高いんだ…」
「今までが低過ぎデス。低過ぎるは身体に良くない、夏風邪で懲りないでしたカ?」
片やエアコンの設定温度を下げたいのと、片やまた夏風邪を引かれても困ると聞き入れないのと。
何もくっつきながら話す事ではないのに、わざわざ密接しながら会話しているあたり二人の仲は大変よろしいものの、金はこの件に関しては折れるつもりがさらさらなく。
むしろまた風邪を引かれてはかなわないと、なりふり構わず甘えてくる日向をあしらうことに精を出していた。
「夏風邪はなかなか治りが悪い、分かるしてナイですカ」
「……」
夏風邪が思い切り鼻にきたせいか、なかなか調子が掴めず機嫌の悪かった日向を看病し続けた金にしてみれば、出来ることならもう二度と御免被りたい。
だから心を鬼にしてエアコンの設定温度をあげたけれど、肝心な日向が暑い暑いとごねるものだから、金は(魅惑の獣耳や尻尾にほだされまいと)自戒を強めて日向の要求を突っぱねていた。
…しかしだからと言って、こちらに薄着を要求するのは如何なものかとも思うわけで。
「私が薄着になる、それで日向サンは大人しくなる保証、全くナイですよネ」
「ソンナコトハナイゾ?」
「言ってるソバから人の服のボタン外す、オカシイですヨ!」
甘やかせば付け上がりまくる日向にいつもは流されている金も、日向を心配するからこそ、この件に関しては絶対譲るつもりはない。
むしろ頑として徹底抗戦の気概なだけに、いい加減にしろと言わんばかりに笑顔で日向の手をつねりあげた。
「全く…あまりおイタが過ぎるなら、私スグに美姫を呼ぶしますが良いデスか」
「…ゴメンナサイ」
いと美しき長い髪の魔女とはまた別の意味で苦手とする女性の名を上げられた日向は、夏風邪を引いた時彼女に散々世話になった(というか、ここぞとばかりに罵詈雑言を浴び続けた)お陰で、反射的に折れる方を選んでうなだれた。
前回は医者のくせに病人相手に何を言っているのかと、金が美姫を叱り付けて庇ってくれたからよかったものの、その金が呼ぶと言った以上助け船は出そうにない。
むしろそれに気を良くした美姫からさらなる罵詈雑言を浴びせられるだろうし、最悪そこに暇を持て余した魔女が加わる可能性も否定出来ないし、頼みの新しい友は(こちらに非があれば)間違いなく美姫の肩を持つ。
…瞬時に自分の不利を悟った日向が情けない声で白旗宣言をすれば、金は苦笑しながら自分の肩口に顔を埋める日向の銀灰色の髪を撫で梳いてやった。
「耳の後ろも掻いてくれ」
「…ソレは構うしませんが、私にくっつく、それこそ暑くナイですカ」
「お前さんが構ってくれるなら我慢でする」
「何ですカ、それ…」
意地を張っているとも見えなくもない子供のような拗ね方で、それでも金に撫で梳かれることは気持ちがいいと言い切る日向に、金は呆れつつもここで自分も折れることにした。
「後で冷たいモノ、作るしますネ」
「うん」
「そろそろお酒、大丈夫でしょう。夜に出す、しますカラ」
「うん」
請われるままに慣れてた手つきで耳の後ろを掻きながら、気が付けばいつものように甘やかしている金と、完全に大神変化していないのに、まるで大神になった時のように「むふー」と鼻を鳴らして満足そうに相槌をうつ日向。
…傍から見れば馬鹿馬鹿しい限りのコレも、二人なりの暑い暑い夏を乗り切る方法。
【暑さと我慢の凌ぎ合い・完】
ぐったりしつつもちゃっかり奥様の肩口に顔を埋める半変化旦那と
笑顔でしっかり手をつねってる奥様。力関係が如実に現れてます。
くっつけてある駄文はいつもの如く素敵イラストに触発されたモノ…ですが
色々あって完成まで(私にしたら)随分かかってしまった代物です。
馬鹿ップルを通り越して最早駄目ップルですが、たぶん今更です。
羽柴さん、素敵二人を本当にありがとうございましたッ!