二月半ば過ぎの居酒屋にて 磯前と三笠




「よお」
「ああ」

磯前がいつもの席に座ると、店の主人からふかしたおしぼりを渡される。
隣の男と同じ酒を頼むと景気のいい返事がかえってきた。
馴染みの居酒屋で、既に珍しくない光景だ。
飲む約束をしたことなど一度も無いが、会えば不思議と話はつきない。
そもそもこの話の種がなければこの男と一生知り合うことなどなかっただろう。
いつも座っている席ではなく、あえてこの席を選んで座っているという事は何か話したいことでもあったのか。

「何だ。坊主と何かあったのか」
「いや」

微妙に歯切れの悪さを残した口調が引っかかるが、詮索するのは趣味じゃない。
坊主___一柳和が、日織と行った旅行中に世話になったとだけ聞いていた人物は、和の隠せない性格からか、はたまた隠す気が無かった相手のせいか、年の離れた友人というだけでない事は容易に知れた。
相手が話し出すのを待っていると、先に連れられた酒がやってきた。
いつにもまして辛口だ。なんというか、実にわかりやすい。

「渡しておく」
「あ?」

男の視線を辿ると、何処から取り出したのか光沢のある高そうな紙袋が机上に乗っていた。
とりあげて中を見ると小さな箱に仰々しい包装紙とご丁寧にリボンまでかけてある。
そういやこれとよく似たものを数日前に事務所でいくつも見たような気がする。
あの日は確か……

「日本酒が中に入ってるそうだ。」
「……俺の役作りのために人生経験抱負にしてくれようってんなら全力でいらねえ世話だ」

とりあえずその紙袋を同じ位置に戻してみる。
確かに2月の中ごろのその日には、自分だって菓子やら酒やらを少なくない量もらっている。小売・サービス業その他もろもろが、男女間以外にも様々な口実を流行らせて消費活動の促進をおこなっているせいか、最近ではお手軽な歳暮か中元のようだなんて思ったりもしていた。だからといって。

「こんな居酒屋でそんな年も離れてねえ男からチョコレートもらって喜べってか?」
「こっそり外に呼び出して、路地裏で恥ずかしそうに渡した方がよかったか?」
「ナイフでも取り出されたほうが、なんぼかゾッとしねえな」

おかしな会話に一息入れたくて、いつも煙草の入った胸ポケットに手を当てる。
くそ、こんな時に限って切れてやがる。

「まさか俺からとでも思ってるんじゃないだろうな」

三笠のその言葉に思い当たり、叩いていた胸の辺りから手を放す。
この男経由で自分にチョコレートを渡す人物は1人しかいないだろう。

「それを早く言え」

明らかに安堵して紙袋に手を伸ばすと、相手のおもしろくなさそうな顔が目に入った。

「いらないんじゃないのか?」
「お前のはな。コレと一緒に本人も連れて来てくれりゃあ感謝したんだが」

その言葉に、男は無言になることで拒否の態度を示した。呆れと一緒に苦笑が漏れる。
正直初対面の三笠の印象はあまりよいものではなかった。
威圧的な面と、口数も少なくきつい口調、和の取り扱いに関しても乱暴さが見えた為まさか強引に事に及んだんじゃあるまいなと猜疑心が働いたりしたものだ。

「言っておくが一柳くんからというだけじゃない」
「じゃあ何だってんだ」
「俺も一緒に選んだ」
「……ありがとうよ」
「やはりいるのか」

先ほどより心中複雑になったのは確かだが、これ以上おかしな会話を続ける気力はない。

三笠尉之という男と会話をしてみると、愛想は無くとも情に厚いことはすぐにわかった。探偵という職業からか頭もよく、感働きも冴えているようだ。
女性経験だってそれなりに渡ってきた節が見えたりもしたんだが。
こうして現恋人の一柳和の話に関してだけは、驚くほど愚直というかなんというか、どこの中学生だお前はと突っ込みたくなる会話が多い。

「あんまりガキの嫉妬みてえな事ばっかり言ってると嫌われんぞ。
第一お前の方がもっとすげえのもらってるんだろうが」

男はその言葉をいくらかかみ締める様にして、グラスを一気にあおった。

「俺はもらってない」

そう言うと、不機嫌な態度を隠そうともしない。

「あいつはバレンタインデーに男の自分が本命チョコレートを渡すのは恥ずかしいそうだ。
だからアンタのように世話になってる奴や、只の友人である日織にチョコレートを渡すのは平気でも、本命の俺にチョコレートを渡す事はできない……と、まあ理屈は通ってるといえなくもないんだ。だから俺はチョコレートをもらってない」

まるで自分に言い聞かせるように話を終えると、店の主人に酒のおかわりを頼む。
ものすげえ真剣な顔してるが、ものすげえくだらねえ内容だからな、それ。
呆れてものも言えないというのはこういう時にも言うんだなと感慨深ささえ感じる。
コイツもコイツだが坊主も坊主だ。ああ、だから似たもの同士でお似合いなのか?

「仕方ないとはいえ、他の男にチョコレートを渡すのを黙って見ている事などできん」
「そうかい……」

少なくともこんな辛口な酒を酌み交わしながらする会話ではない。
ああ煙草吸いてえなあ。

「……わかった。お前さんへの礼として、坊主にメールするついでに俺からも話しといてやるよ」
「本当か!……すまん。迷惑をかける」
「まあ、俺のためだと思えばな」

とりあえず坊主を説得して、来年はくれぐれも一緒に来るようにと言っておこう。
ついでにチョコレートじゃなく煙草にしてくれとも書いておくか。


のりしログ の のりしろさまより頂きました!(愛)
リクエストした「和さんの尻にしかれるみーさん」です。
当の本人不在ですが、でっかい尊大な飼い猫はご主人様が
大好きなので自分でお使いに出てしまうという(待て)、
振り回されているようでしっかり尻に敷いているのが伺えます。
そして何より磯前さんがね!(落ち着け)もう磯前さんってば
日織だけでなくみーさんのストッパーでもあったんですね!
何重の意味も込めて素敵な作品をありがとうございます!!
なおこの素敵SSに対して厚かましくも脳内補完SSを作成、
逆進呈させていただきました。←秘密部屋にてUP済み。
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