扇、遙かなる君 清正(+正則)編




いつだったか、以前と比べ言葉が少なくなったなと、俺が不用意に発した言葉にあいつは酷くバツが悪そうな、それでいてあっさりと認めてこちらを見て。
すみませんね、と何故か詫びを入れてきたことに、暫くの間、俺はどうにも解せずにいたけれど。



その日、最初は一人きり。
暫くして、真田が。
そしてその真田と入れ替わるように、前田の風来坊があいつの元を訪れる。

「そういや清正ぁ」
「…なんだ」
「俺らがあいつに出会ったのって、今ぐらいの季節だったよなー」
「何?」
「いや、ほら。アタマでっかちがさ、今ぐらいの季節にエっラそうにあいつを紹介したじゃんか。覚えてねえ?」

何でか俺らのことすげー睨んでたよな、と。
相変わらず短絡的で楽観的でそれでも情には厚い正則の、そんな何気ない呟きに合点がいった。

ああ、そうか。そうだった。

あの馬鹿が珍しく自分から望んで部下を得たと、そう聞かされたのはこんな季節のことで。
そして俺にとっては、あの馬鹿の部下なら、俺にとっても家族の一員だと自然と認めたのもこんな季節のことで。
きっと今日のこの日は、珍しく部屋に篭っているあいつにとって全てが始まった特別な日なんだろう。


じっと部屋に引きこもり、あの馬鹿を偲んで一体何を思うのか。
そして真田も前田の風来坊も、今日という日の意味を知った上であいつの元へと訪れている、その理由は何なのか。


「…帰るぞ」
「え?あいつに用事があったんじゃねえのかよ?」
「別に急用じゃないんだ、後からでも全く問題ない」
「ええ?折角近くまで来たのに帰っちまうのかよー」
「……そんなにあいつに会いたきゃお前一人で行け。邪魔をするつもりなら俺は止めやしない」
「邪魔?…あ、もしかして誰か来てンのか?なんだよ、それならそう言えばいいじゃんかー」
「煩い。俺は今からおねね様の所にご機嫌伺いに行く」
「待てよ清正、俺も行くって!!」

踵を返すと、正則が大慌てで止めるのを待たずに、俺はその場から立ち去った。
別に誰が側に居ようが、今会いに行ってもあいつは驚きも困惑もせず静かに俺を出迎えただろう。
何か俺の力が必要ですかねと飄然として、俺の隣に立つ正則を一言二言からかって、やってきた理由なんて判っているだろうに、全部俺の口から聞かなければ動こうとしない。

それは、いつもの事。

あの馬鹿を失っても、この世の太平のためにとその智と武と軍略を俺に差し出したように、あいつは俺は勿論誰をも拒みはしない。



けれど、今日のこの日だけは。
否。
今日のこの日だからこそ。
俺は決してあいつに近づけない。
俺は決して近づいてはいけない。
普段色んなことを飲み込んで、表に出すまいとしているあいつにとって、今日だけはそんな戒めが解かれなければいずれ心がもたなくなる。




「この馬鹿。一人で先に逝くから、あいつがあんなことになるんだろうが」





あいつの部屋から大分離れて、守ってやるといっても本当のところでは何も出来ない自分に気が逆立って。
そんな俺に追い討ちをかけるように、何処からともなく微かに漂ってきた覚えのある芳香に、俺の胸に沸き起こったのは後悔なんて甘いものではなく。
本当の意味で俺のものになるなんてあり得ないのだと、この世を去って尚、あの馬鹿からあいつとの絆を見せ付けられたようで。
文字通り、相変わらず何処までも鼻につく嫌な男だと、俺は内心悪態をつく。




「だが残念だったな。俺はお前に比べれば随分と素直な性格なんだ」




あいにくと、自分のそれに気付かないほど俺は馬鹿じゃない。
…今自分の中に沸き起こっているものが、あいつが欲しいが故の嫉妬や悋気だということくらい、俺はとっくに認めているんだ。




【扇、遙かなる君 清正(+正則)編・完】



しつこいですが、みつさこ前提。間違ってもさこみつじゃない。
言い忘れてたけど、全部清正シナリオ大阪の陣が根底にあります。
かなり殿と被りながら絶対報われないであろうというのが清→左。
故人相手に勝てるはずもなく、ましてや清正はもともと…ねえ?
とりあえずこれで〆。正+左もやりたかったけど流石に続き過ぎた。
最後に清左は一歩間違えるとヘタレ攻めになる要素満載なのが露見した。
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