「…本来の用件そっちのけでまずこっちに来るなんて、相変わらず酔狂な方ですねえ」
会えずに、否、あえて会わずに居た日々もそろそろいい頃合い。
押しかけてもそれなりに理由になるであろうこの人の主宛ての書状と、自分からしたら本命の用件である酒を携えて訪れれば、出迎えてくれた相手は何やらとても疲れた顔をしていた。
「なんというか…ずいぶん疲れた顔をしてるねえアンタ」
「ずいぶんでなく、本当に疲れてんですよ。そりゃあもう、この上なく疲れてんです」
ともすればこぼれそうになるあくびをかみ殺しつつ、それでも俺を部屋に招いてきちんと相手をしてくれるその心遣いは流石というべきか。
口調とは裏腹に茶まで淹れてくれるその細やかな心遣いが嬉しくて、けれど睡魔に負けじとらしからぬ気を張っている姿を隠そうともしない様子に歓喜する。
普段が普段、年若い君主やその盟友らを支え諌め窘める立場にあるから、この人は微苦笑を浮かべる以外滅多に感情をあらわにすることがない。
それでもこうして二人きり、そしてこんな風に限界ぎりぎりであれば、ちょっとした照れを不機嫌さに隠しているのがすぐ見てとれるから。
「……なんです?」
ようやく会えた嬉しさに頬が緩むことを隠しきれず、自分自身で呆れるくらい喜色満面で見つめていたら些か気分を害したらしい。
「いや、疲れてるっていう割にはちゃんと俺の相手をしてくれるんで、嬉しくてね」
「そういうところも相変わらずなんですねえ」
こんな年よりをからかって何が面白いんだか…と、茶を啜りつつぼやくのを聞き流して、俺はただ彼を見つめて益々破顔するしかない。
「会えて嬉しいんだ」
「…っ…そ、そうですか。そりゃあどう…も?」
「疑問形なのかい、つれないねえ。こっちは会いたかったって言ってんのに」
「はあ…」
「本当に、俺はアンタに会えて嬉しいんだよ」
ちょっとした悪戯心を起こし、ずず…っと飲み込みかけたところに率直に答えてやれば、不意打ちに咽ながらも「いつも」の返事をくれるから。
「…あのですね。何度も言いますが、俺にとって一番はアンタじゃありませんよ?」
「それは百も承知さね」
「こればかりは絶対、天と地がひっくり返るようなことがあろうとも覆ることはありません。それでもアンタは、こんな風に俺を口説き続けると言うんですかい?」
「勿論。俺はアンタをずっと口説き続けるよ」
「応えられないと何度言っても?」
「ああ」
「絶対一番にはなれないと判っていても?」
「それでも、さ」
はあ、とため息とも生返事ともつかない半端な言葉を零す彼の方へ近寄って、睡魔に思考力を取られているせいか、逃げることも忘れてぼんやりと重なる視線をしっかりと絡めて。
「だって俺は、殿さんに全てを捧げてるアンタ自身に魂を鷲づかみにされてんだからねえ。
諦める理由を見つけようにも、これじゃどうしようもないだろう?」
応えてくれないのは判っていても、俺がずっと諦めない理由なんて簡単だ。
最初から自分ではない相手に全てを捧げている以上、それを判って惚れてしまったなら、そしてそれすら愛しいのだと認めてしまえば諦める理由が見つからない。
それに。
「…いやはや、なんとも困ったお人ですな」
「言ってくれるじゃないか」
寝不足は相当なものなのか、触れている肌は惚れた贔屓目で見ても張りがあるとは言い難く、如実に疲れが現れている目の下の隈に指を添えてやっても払いのけることもなく。
それどころかもう片方の手を黒髪に差し込んで指で梳いてやれば、一つ大きなため息を零すだけで為すがままになっているから。
「いい加減つらいんだろう、少し眠るかい?」
「さっきからそう言ってんですがねえ」
「じゃあこのまま、俺が腕枕を貸しても?」
「…何でもいいです、冗談抜きで眠いんですよ畜生…」
「だから俺の腕枕で寝ていいって」
「あーもー…そうしま…す…って…いってんで、しょー…」
「………」
髪を梳く手で後ろに束ねる組みひもを解いてやっても、そのまま後頭部に回した手でこちらに引き寄せても、再度大きなため息をひとつ零しただけで、俺が何か言う前に力を抜いて身体を預けてあっさり目を閉じてしまう。
どれだけ求めても受け入れる事はないのに、それと同等の意味で拒むこともしないから、益々俺には諦める理由が見つからない。
「…俺は自分の限界以上に殿さんの為に頑張るアンタが本当に好きだよ、左近」
受け入れず、応えず、拒みもしないどころか諦めろとも言ってくれない、そんなずるい態度すら含めたアンタの全てが俺は愛しいんだ。
【全てが愛しい・完】
そしていい加減まともな三左を書くべきだと思われますが、
美形キャラほどヘタレに持っていく脳内環境を考えると
いっそこのままでも良いような気もしなくもなくもなく。
←何せ殿が出てきても格好良く書く自信は皆無だったりするんですよねえ。
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