寒さ厳しいある冬の日。
日の本の国のそこかしこで風邪が蔓延し、下手をすれば死に至るような場合もある為、出来る限りの防寒対策を行っているのは季節柄仕方ない、と思う。
思うが、些かその対策に閉口気味になっている人物がここに居たりするのもまた事実。
「景勝様、お寒くはございませんか!」
「………(こっくり)」
普通、冷え切った外気を招き入れない為にそっと静かに必要な分だけ開けるべきふすまを盛大にすっぱーん!と開け、新たな火鉢を抱えて入ってきたのは若き上杉家筆頭家老。
彼は敬愛してやまない主君の為、火鉢を室内そこかしこに備え火をおこし、火気があるなら水気も必要!と鉄瓶を五徳に乗せることも怠らず。
しかし何処か底冷えを感じたのか、新たに火鉢を用意して参ります!と(主が止める間もなく)飛び出して…冒頭に戻るのである。
「さ、景勝様。葛湯にございます。温まりますので、どうぞ」
「………(こっくり)」※うむ。
「温石も用意させておりますので、今しばらく増やした火鉢で御辛抱を」
「………(ふるふる)」※我、そこまで軟弱に非ず。
「何を仰いますか、景勝様に万が一があってはならぬのです。謙信公や綾様にも申しつけられております故、どうか」
「…………………(はあ)」※我、幼子に非ず。心配無用。
「………景勝様………」
「…………………(こっくり)」※…仕方なし。用意せよ。
「はっ!この兼続、景勝様の為より一層の努力を惜しみませぬ!!」
この場に第三者が居合わせたならば、どうして会話が成り立つ!?と思ったかもしれないが、生憎元より無口無表情な景勝に、人の倍は喋る兼続の主従組みには常人では計り知れない絆があった。
…などと主君の首の動きと呼気で気持ちを理解する家臣というものを絆の一言で言いきるには微妙過ぎるが、これに関しては上杉家どころか周囲にも知られている事なので、今更ツッコミが入る事でもなかったりする。
「邪気を寄せ付けぬよう式と札を新しくしますゆえ、暫し御前を離れることをお許しいただけますか?」
「(こっくり)」※屋敷内と、勤めている者達にも札を配ることを許す。
「おお…流石我が君、景勝様の民家臣への愛はいかなる時も揺るぐ事無く…!この兼続、感動いたしました!!」
「………(むすっ)」※大袈裟ぞ兼続。
景勝が無口過ぎて兼続が喋り過ぎるのか、兼続が喋り過ぎるから景勝が無口になるのか。
そんな卵が先か鶏が先か論争のような状態になっている二人は、外からどすどすと聞こえてくる、心当たりの有り過ぎる足音に気付いていた。
「おぉい、殿さんよ。こんな寒い日は一献如何かね?」
そしてその足音の主が景勝の部屋の前に来ると、二人の返事を待たずにふすまを開けてのそりと入ってきてしまう。
「慶次!景勝様の御前だぞ、控えよ!」
「あっはっは、そんなものは今さらだろ兼続。なあ殿さん?」
「(こっくり)」※今更也。
「……お前は……」
「まあまあ、とびきり美味い酒持ってきたんだ、野暮は言いっこ無しで頼みたいねえ?」
「(こくこく)」※酒に罪無し。
「は……では支度をいたすますので、しばしお待ちを」
酒豪の慶次が太鼓判で持参した酒である。
紛れもなく謙信(というか綾御前)の血が成せる技なのか、超が付く酒好きで酒豪である景勝が期待するのは無理もなく、また主君同様大層な酒豪である兼続も期待は隠しきれなくて。
慶次の言い分はともかく、景勝から言いきられてしまっては、兼続が何を言ったところでささやかな酒宴は始まってしまうのある。
杯と肴を求め女中を呼びに(少しだけ物言いたそうに)室を辞した兼続に、残った二人は顔を見合わせてどちらからともなく頷き合った。
「はは、飲んだら絶対兼続も黙る美味さだ、殿さんも期待してくれていいぜ」
「(こくこく)」※それは愉しみだ。
「しっかしここは随分温かくはないかい?俺にしちゃあこの火鉢の多さは些か過保護な気がするがねえ」
「……(こっくり)」※うむ、我も思う。だが、兼続が、な。
「まあ兼続が殿さん第一ってのは判るんだが、それを抜きにしてもなんかいつも以上に暴走してる気がするぜ」
「………」※暴走…。
他の家臣がいる時は別だが、兼続を入れて自分達だけの場合景勝は慶次を身分を問わず同等に扱う。
対して慶次も一応兼続の家臣として上杉に属している分、彼なりに立場を弁えていたが、誰も居ない時はこんな風に平素と変わらぬ態度だった。
そして慶次が人の機微というか意外と観察眼に優れているため、兼続ほどではないにしろ、景勝の言いたい事を汲みとる事が出来るから傍にいても気負う必要がない事が大きかった。
…のだけれど。
「へっくし」
「……?」※慶次、風邪か。
「んー、ちょっとな。だから酒を飲んであったまって寝ちまうか…って」
無表情ながらも酒甕に気を取られている景勝の前で、慶次が大きな体躯に似合わぬ小さなくしゃみをしたところで和やかさが消え去った。
「風邪を引いた身で景勝様と酒宴など、何たる不義!!」
「「…………」」
すっぱーん!と先ほどよりもさらに勢いよく襖を開け、しかも札どころか戦用の剣まで構えた兼続は、唖然としている君主と友を前に躊躇う事無く印を切り。
「おいおい、待てって兼つ…」
「破邪滅殺、妖魔退散!!」
それは妖魔を封ずる祝詞と札だ!!
などと慶次と景勝にツッコミを入れさせる間も与えず、構えていた札を問答無用で慶次に叩きつけたからさあ大変。
「風邪を引く者、何人たりとも私の景勝様には近づかせぬ…!!」
「っか…兼続止めよ!!」
なんか変な枕詞が入った!と一瞬固まったものの、直ぐに我に返った景勝が珍しくも声にして兼続を止めたが、時すでに遅し。
びたん!と清々しいまでに痛い音を響かせて慶次の顔面に札が貼り付けられたかと思うと、それが一瞬にして発光したと同時に慶次を包み、それどころか風邪気味だという慶次そのものを消し去ってしまった。
「…慶次の気配が周囲になし。兼続、慶次を何処に飛ばした?」
「いや、私は慶次の部屋に飛ばしたつもりですが…」
「………風邪で力の加減を誤ったか」
「………………風邪?風邪は慶次では…」
この屋敷どころか上杉領内にも気配が感じられぬとため息交じりに告げられ、さあ、と血の気が引く兼続だったが、自分の失態と風邪を自覚するより先に急に足にきたらしい。
その場に崩れ落ちかけた身体を何時の間にやら召喚していた景勝の式が支え、景勝自身の手が兼続の額に当てられ……滅多に見せぬ驚愕を露わにしている。
「汝、尋常でなき熱さ。何故気付かぬ」
「それが…寒さのせいとばかり…」
ひっきりなしに景勝の室を温めていたのは、何のことはなし自分の悪寒を寒さと勘違いしていたらしい。
景勝も兼続が自分の世話をする姿が異様に滾っているとは思っていたが、それは見事なまでに違ったようだ。
普段こんなに喋っては疲れてしまうのだが、あまりにも自分の事を省みない兼続に、流石の無口もなりを潜めたようである。
「…風邪気味は慶次、間違いなし。が…本当の風邪は兼続、そなただ」
景勝の式に支えられ、ため息混じりに主から改めて告げられた言葉に、兼続は唖然としてそのままずるずると横に倒れて行く。
「も…申し訳ございません…」
「(ふるふる)」※謝罪無用、休め。
喋り疲れたのか、再び無口に戻り首を振って家臣の恐縮する様を否定すると、景勝は他に数体式を呼び出し、看病の為の医師の手配と寝床を準備させるために操ってゆく。
(……許せ、慶次)
気付かされたことで一気に力を無くし半分意識も飛ばしてしまっている兼続を(式で)支えつつ、熱い額を直に撫でながら景勝は一人とんでもないとばっちりを食ってしまった慶次に思いを馳せる。
「も…もうしわけございませぬ、かげかつさま…っ!」
「…………」※謝罪の相手が違う…。
うわ言ですら自分を気遣い、友であるはずの慶次の事など二の次になっている兼続に大きなため息を零すと。
景勝はすぐにやってくるであろう家臣達への(声にしての)説明が大変だ、とか、それよりも慶次と一緒に愉しみにしていた酒甕も消えた…と、凡そ場違いな思いにまた、大きなため息を零すのであった。
…ちなみに兼続の「私の景勝様」は、後にごく普通に使われる事になることを、この時は知る由もない。
【それはある冬の出来事〜上杉主従編〜完】
共通お題といいながら、ぶっちゃけ私の盛大なるわがままです言ったもん勝ち!(待て)
その内容は「各地で風邪が大流行」「兼続が景勝の為に大奮闘」「慶次が風邪気味」
「兼続が慶次をお札で(何処かに)とばす」「慶次が飛ばされた先は佐和山主従関係の地」です。
(一応佐和山と指定はしましたが、大坂でも何処でもOKとさせていただいています)
思いついたはいいけど、一人で書くよりむしろ余所様の内容で読みたかったんですよ、
誰得俺得ですわがままです言ったもん勝ち!!(←大事なので二度言いました)
夕月様、お付き合いくださりありがとうございますー!!(愛連打)