日の本の国、どこもかしこも風邪が流行りまくっているこの季節。
ここにももれなく性質の悪い風邪を引いて、しかも些か拗らせた感じが否めない人物がいた。
「ごほ…っ…、左近…」
「はい。何ですかな、殿」
「志半ばで果てる前に、俺はお前の白無垢姿が見たかった…!」
「殿のこれは只の風邪ですから、きちんと薬を飲んで寝てさえいれば果てるも何もありゃしませんよ。第一寝言は寝て言って下さい縁起でもない」
只の風邪という割に些か酷くなっているのは、何の事はない膨大な量の仕事と左近にちょっかいを懸ける事に頑張り過ぎた為である。
ぜいぜいと荒い息で意味不明な事を言ってのける主に、筆頭家老である島左近は間髪いれずに心の底からの拒否を隠そうともせず笑顔で言い切ってみせれば。
こちらも心の底からの本心だと、熱で潤んだ…というか、熱のせいで戦の時よりも余程目力の籠った眼差しで睨みつけてくる。
「色々とツッコミどころがあるんですが、殿は今普通の思考力を持ち合わせてないようですから、まあ、小言は(今は)無しにしますがね。
そんなに白無垢が見たいなら、殿がご自分でお召しになればいいじゃあないですか。
殿は綺麗な顔してんですからね、吉祥文様は鶴亀でも鳳凰でも松竹梅でも何でも、黙ってりゃお似合いですよ?」
「ぜい…俺が着てどうする…ごほごほっ…お前が白無垢を着て、紋付羽織袴姿の俺の隣に……げぇっほごほっ!!」
日頃の過労が溜まりに溜まり、そこに風邪を引いてしまって気力でどうにもならなくなったところを見つけた左近は、主の制止を綺麗に聞き流して医師を呼び床を整えさせ、問答無用で主である三成をそこに圧し込んだ…までは良かった。
処方された薬湯をを飲んだ途端に爆睡し始めた三成に、どうして基礎体力が自分より劣るくせにそんなになるまで我慢していたのかと怒る以上に呆れつつ、額に当てた手ぬぐいが温くなる前に取り換え汗を拭いたりと、甲斐甲斐しく世話を世話を焼いていたまでも良かった。
が、その三成が(爆睡から)目覚め、真っ先に左近の姿を目に捉えた途端おかしな事を言い出したのである。
「秀吉様が天下をお取りになられた暁には、お前を娶る決めていたのだ…!」
「殿、今すぐもう一度寝て下さい何なら永眠しますか菩提は左近がお守りしますけど」
「お前は病人相手にも容赦なしか!」
「(問答無用で殴ってないだけ)容赦してますよ?」
これでも本気で告白している三成と、全く相手にせず華麗に流す左近。
あまりにもあっさりと聞き流され、熱と怒りでぼろぼろ泣きながら睨みつけてくる姿は、なまじ見目麗しい分空恐ろしいものを感じるが、左近とてこんな戯言に頷いてたまるかという(男として至極まっとうな)矜持がある。
元々(左近の事になると)暴走しがちな主だったが、いくらなんでもこれは行きすぎでは…と左近は米神が引き攣るのを堪えつつ、頃合いを見て本当に殴ってでも再度眠らせるかと拳を握りしめたところで乱入者が現れた。
「こら三成!左近に迷惑かけちゃ駄目でしょ、良い子だから病人はちゃんと寝てなさい!!」
「「…………」」
三成にしたら、空気を壊しまくり。
左近にしたら、さまさに救いの女神。
もわん、と異臭としか言いようのない臭いをふりまき緑色に光るあやしげな液体が入った椀を手に、天井裏からねねが降ってきたのだ。
あまりにも形容しがたい異臭に咋に眉を顰める三成と、これから主に降りかかるであろう災難が目に見えて思わず笑顔が引き攣る左近。
「さ、これを飲んでぐっすり眠るんだよ。風邪も疲れも綺麗さっぱり取れるからね」
そんな二人の対照的な反応に気付く事もなく、ねねはずいっと三成に椀を差し出し、にっこり笑顔で飲むように促してくる。
「………おねね様、これは…ごほ、人間の飲むものですか」
「いやだよこの子は。何当たり前のこと言ってるの」
「………これのせいで永眠することに…けほ、なりそうですが?」
「もう、おかしな事言ってないでさっさと飲む!大体うちの人がいつも飲んでるんだから大丈夫!」
ぐいっと、更に差し出される椀と、明らかに(風邪以外の原因で)青ざめている三成と。
それを視界に納めつつ、左近はじりじりと二人から距離を取ってゆく。
「待て左近、何処に行く!?」
「こら!左近は三成が出来ない分の仕事を引きうけてるんだからね、引きとめちゃ駄目でしょ!」
「さ…左近、俺を置いて行くのか!?」
「いやあ…おねね様の仰る通り、出来る限り殿の分も仕事をしないと滞っちまうんで…」
「さこおおおおおおおん!!」
近づく椀と対照的に自分の傍から左近が離れていることに気付いた三成が慌てて引きとめるが、左近とて遊んでいるわけでなし、それにねねが看病に来てくれたのならばこの場に居る理由がないので…というのは建前であって。
あのまま三成と二人きりのままだったなら、認めたくはないが三成の妄想が暴走に変わって無事では済まされなかっただろうという(凡そ外れない)予感があったため、ねねが来てくれて本当に助かった…というのが本心だった。
【それはある冬の出来事〜佐和山主従編〜完】
しかし本来共通お題作品としてはこれをぬかした2部作にするつもりだったので、
出番があっただけでも良しとしていただきたく…って駄目かそうですか。
キャラ単体で言うと圧倒的に越えられない壁があるからです(それ理由?!)