夕月様との共通お題その参




「さて、実際問題として、少しでも仕事を片さないとまずいね」


風邪を引いた三成に(主に精神的に)疲労感を蓄積させられたものの、あれくらい元気ならば寝ていれば(たとえ薬湯のせいで気を失おうが)直ぐに治るだろうと内心ほっとしながら室を辞すると、何故か自分の部屋の前に屋敷からの使いが待っていた。
滅多なことでは左近の仕事に障るような事にならないよう気を配る家人達からの、詳細もなしにただ至急屋敷に戻って来てほしいとの内容の文に、一体何事かと(とりあえず持ち帰れる範囲の)仕事を手に急ぎ騎乗で戻れば、門番と家人と女中がそろって左近の帰りを待ちわびていた。

「どうした?」
「ああ左近様、どうぞお早く中へ…」
「私どもではどうしたらよいやら」

何があったと問うもその答えが返る事はなく、しかし皆が皆困り果てていることだけは悟った左近は、馬を門番に、荷物を家人に預けて自分の屋敷の中へ入ってゆくと、何故か自分の部屋の方が登城する前と比べおかしな事になっている。

「ちょっと待て、雨なんぞ降ってないはずだが…?」
「それが、そのう」
「と、とりあえずお部屋へ…」

三成の妄想をあしらっていた時とは違う面倒の予感がひしひしと漂う、明らかに違う何故か局地的に水浸しの庭と、これまた明らかに拭いたばかりとおぼしき廊下。
それらに首を傾げていると、平素と違い変におどおどとしている家人達に自室へと促され、腑に落ちないながらも障子を開けて…唖然とするしかなかった。

「アンタ、何やってんですか…」
「そいつは俺の方が聞きたいんだがねえ」

左近の室の中まで続く水滴の跡の先に居たのは、本来此処に居るはずのない前田慶次。
鬣のような金色の髪を下し、手ぬぐいが頭に掛けられたままなのは未だに濡れているせいなのか。
よくよく見れば慶次は左近の着物を着ていて、些か大きさが足りないせいかどうにも寒そうである。
それに彼の前には部屋に置いてある分とは別に新たに火鉢が置いてあり、それを囲うように巨躯ながら背を丸めているので、哀愁感が漂いいっそ滑稽とも取れる姿だった。

「…………今すぐ上杉に使いをやってくれ…………」

主である慶次同様存在感が半端ない松風が近くにいる気配もないこの状況を省みるに、慶次が(いつものように)強引に左近の留守に押しかけて来たとは考えにくく。
しかも火鉢を囲む慶次自身に覇気がなく、むしろ何処か良くないようにも見えるので、こうなると原因があの(暴走が過ぎると傍迷惑なことしかやらかさない)主の友が原因としか思いつかない左近だった。
直ぐに家人に上杉への使いを、そして左近は女中にも何か温まるモノをと言伝てて、いよいよ折れそうになる自分の心を叱咤して慶次に向き直った。

「すまないねえ」
「……もうね、兼続さんが何かやらかしたんだろうなとは思いますけど。なんだってアンタそんなずぶ濡れに?むしろ何で俺の屋敷に?」

へくしっと小さなくしゃみをする慶次から手ぬぐいを取り、両手を火鉢に当たらせて代わりに髪の滴を拭いとってやりながら、左近は脱力することが判っていても聞かずには居られないことを質問してゆく。

「上杉の殿さんと酒を飲もうとしてたんだが、ちょっと風邪気味だと兼続に知られた途端問答無用で札で飛ばされた」
「はあ!?」
「で、そのままお前さんの屋敷の池に落っこちたらしい」
「らしい…?」
「飛ばされた影響なのか、池の中で少し気を失ってたらしくてねえ。
さっきの女中が言うにゃあいきなり降ってきた俺に度肝を抜かれつつも、見知った顔だし気を失ってるしで大慌てで皆で俺を引っ張り上げてくれたらしいんだが、どうにも俺が重すぎて客間に運べなかったんだと。
で、俺も左近が戻ってくるちょっと前に気付いたんだが、勝手に風呂を借りるのも憚られるしけれど濡れたままも辛いしで、着替えを借りてここ居たって訳さ」
「いやいや、俺はもう一体何処に突っ込めば?!」

笑って済ませられる事ではない筈なのに、友が自分に仕出かした事をはっはっはと力なく笑うだけで怒る事をしない慶次に、左近はただただ呆れる事しか出来ない。
それに自分が留守の間に凡そ考えられない事態に遭遇した家人達が、出来る限りの事をやったのだろうと理解出来る分、あのおどおどした様子の理由にも思い至って言葉もなくて。
女中が持ってきた葛湯を飲ませても、どうしても風邪のせいか中々温まらない慶次の体温に気付き、やはり風呂が先かそれとも医者が先かと思案し始めた時、徐に慶次が腕を伸ばして左近の手を掴んで引きよせた。

「……ちょっと慶次さん?」
「寒いんだ」
「………はい?」
「寒いんだよ、左近」

乱暴とも取れる力加減で自分の方へと引き寄せた左近の耳に、慶次がそっと告げれば、最初は不機嫌そうに慶次の名を呼び、二度目は確認を取るように聞き返す。

「全く…。こうなったからには慌てても仕方ないですからね。泊って構いませんからちゃんと風邪を治して帰ってください」
「そうさせてもらうよ」
「あと、いつものような悪戯してくるなら問答無用で叩きだしますからそのつもりで」
「相変わらず容赦ないねえ…」

寒い、と言って引きよせた身体を抱え込む慶次は、いつもの覇気はなくともやっぱり慶次で。
左近が諾も否も告げていないのに、冷えたままの身体に左近の体温という暖を求め、そのまま首筋や袷に顔を寄せてゆく。


「ちなみにこのまま俺に手を出す気なら全力で否を告げますけど、その傍らにある酒甕のお伴でしたら諾と告げますよ」
「…………」


しかしそれが不埒な動きをする直前でにっこりと目だけ笑っていない笑顔でそう答える左近に、慶次は少しだけ残念そうに笑うと、全てに否を告げられないそのことで満足と開き直り、火鉢と左近で身体を温めようとぐっと腕の力を強めて更に抱き込んだ。



…兼続からとんでもない仕打ちを受けたけれど、結果的には良い思いをしたなと一人上機嫌の慶次は。



己の主が回復する前にこの珍客を無事に帰せるかなと冷静に思案する左近を余所に、暖を取ると言いながらいつもと違い邪魔が入らないこの状況を思う存分堪能し続けたのはお約束。


【それはある冬の出来事〜珍客編〜完】




私の中でのお約束で良い目をみた珍客もとい慶次編でございます。
この共通お題の中での一番の被害者は、慶次ではなくむしろ
いきなり(屋敷の池に)降ってきた慶次と鉢合わせた女中かと思われます。
ちなみに池落ちどころか家人達からずるずると運ばれた慶次ですが、
最終的に一番いい思いをしているので結果オーライというやつかと。

…夕月様、言いだしっぺがこんな中身ですみませんでしたでも面白かったです!