お着替えパニック!
島左近からしたら頭がおかしいとしか言いようがないとんでもない理由で、石田三成に前田慶次そして伏儀にまで追いかけられ。
わが身に迫った危険を回避すべく、司馬昭を人身御供に王元姫と共に逃げてきたのだけれど。

『何処に行ったさぁこぉーん!お前は大人しく俺に剥かれるのだよ!!』
『おおっと、先に剥くのは俺だって。…あ、今回の服じゃ剥くより剥ぐっていうか、俺の力じゃ破いちまいそうだがねえ!』
『がっはっは、お主らの気持ちは判るがこちらも譲れんぞ。左近を愛でるはまず儂じゃ!』
「……何を言っているんだ、あの馬鹿共は」
「俺が聞きたいくらいです…」

何と左近は、三成と同じ子飼い仲間である加藤清正から、呉陣営内のとある天幕に匿われていた。

「お前が珍しくも血相を変えて走ってくるから、一体何事かと思ったが」

さてはて、何故こんな事になっているのかというと。
清正はたまたま呉の武将である呂蒙に用事があり、彼の天幕へ向かっていた途中。
そこに左近の手を引く事に気を取られ、前方への注意がおろそかになっていた元姫と。
その元姫に手を引かれながら後方に気を取られていた左近が、たまたま木陰から出て来て死角になっていた清正に立て続けにぶつかる形になって、結果ろとも転んでしまったのが切っ掛け。

『何をやってるんだ、お前らっ!』
『え、あ、清正、さん?す、すみませ、んっ、詫びは後でしますから…!』
『おい、待て!』
『離してください、行きましょう左近殿!』
『待てと言っている!』

元姫は身体をぶつけはしても清正を下敷きにしたお陰で事なきを得たが、清正は二人分の重さにどなり声を上げるしか出来ない。
二人を押し潰していた左近は慌てて起き上がるが、清正に詫びをいれるよりもどうにも後方が気になってしまい。
元姫共々謝罪もままならぬ状態で直ぐにまた逃走を開始しようとしたのだが、一人痛い目に遭っただけの清正が流石にそのまま二人を見逃すはずもなくて。

『お前たち、一体何をそんなに慌てている?そもそも左近、お前らしくもな…』
『ん?今可愛い俺の左近の悲鳴が聞こえたぞ』
『俺達以外にもあれを追いかけてるのが居るってのかい?そいつぁ面白くない話だ』
『何じゃと、それは聞き捨てならんのう』
『『『………』』』

だが、すぐさま聞こえてきた声に元姫と左近は更に青ざめ、清正に至っては理由を知ってこれでもかと言わんばかりに渋面になった。
ところが、その渋面になった清正が次にとった行動で、左近達は驚かされることになる。

『来い、左近』
『は?』
『おいアンタ。真田か甲斐の虎を探してるんだろう。早く呼んで来てくれ』
『え…』
『丁度ここは呂蒙のおっさんの天幕の近くで、ついでに言えば俺はそこに行く途中なんだ。たしか左近は呂蒙のおっさんと面識があるし、ひとまずそこに匿ってもらえばいいだろう』
『判ったわ。左近殿、待ってて』
『お願いします』

一瞬だけ元姫は逡巡したが、背後から聞こえてくる声に渋面を見せる清正の様子に、左近への害はないと判断し。
そして何より、今は躊躇う時間が惜しいと思いなおして、直ぐに左近を助けてくれる人物を探しに踵を返して駆けて行って…この状況になっていたのである。

「三成の馬鹿は、まあ、普段と違うお前の衣装を見てあいつなりに浮かれているんだと思うが…」
「おやおや清正さん、アンタ本気でそう思ってるんですかい?」
「……すまん」

ちなみに天幕の主である呂蒙は、丁度孫策から呼ばれた為にこの場を離れることになったが、、清正が連れて来た左近を見るや否や「…ゆっくりしていけ」と心底同情した声を残して行った。
清正自身が(時折聞こえてくる声の内容を)信じたくないのか、無理やり納得させるように声をかけるも、彼らからの奇襲が日常となっている左近にしてみれば間髪置かず切り捨てる内容で。
ひとまず恐怖が去ったお陰で冷静さを取り戻した左近から、目だけ笑っていない笑顔を向けられ清正は思わず視線を逸らしてしまった。

「しかしおかしいですよねえ」
「何が」
「俺は無駄な謙遜はしない主義なんではっきり言わせてもらいますが、自分が男として他に劣るとは思ってません。しかしだからといって、あんな引く手数多の人達から追いかけられる理由に納得なんてしていないんですよ。
なのに何です、あのうちの殿を始めこの左近を追いかけてくる理由。どう考えたっておかしいでしょう」
「まあ…それは、そうかもな」

鬱憤を晴らすかのように力説し始める姿に圧されたのか、この時点で清正の視線が若干ずれたのに気付かず、左近はなおも己の主や他の困った感性について語り続ける。

「俺からしたら、たかが衣装が変わったくらいで何を暴走してるんでしょうね、って言いたいんですよ。 清正さんだって男なんだから判るでしょう?
おねね様や元姫さんのように女性特有の柔らかな膨らみがあるわけでなし、何でこんな筋肉質で固い胸なんて触りたがるんだか」
「あいつらの場合、触りたがっているのはお前の胸だけじゃないからだろ…うっ!?」

だが、心なし左近から視線を逸らしていた清正は、いきなり手を取られ、それが押しつけられた場所を知った途端固まってしまった。

「な、な、な…」
「ね?別に面白くも何ともないでしょう」

ぽすっと、そんな音と共に清正の手が触れたのは、左近の実に男らしい厚い胸板。
しかも始末が悪い事に、左近は自分の主張に同意して欲しいと言う願いを込めているのか、清正の手首をがっしり掴んで離さない上これでもかと自分の胸に押しつけてくる。
そのせいで清正の掌は、半ば条件反射のように左近の胸を揉みしだく形になってしまっているのだが、自分から行動しているせいか左近自身が気にした様子はない。

「…………」
「全く、困った人たちですよね……って、清正さん!?」

けれど揉みしだいて(しまって)いる清正が思考停止したと同時に、異変に気付いた左近は仰天する羽目になった。

「ちょ、清正さん!物凄い勢いで鼻血が出てるんですけど大丈夫ですか!?」
「…さ…左近…っ…」
「もしかして、俺が例えとはいえおねね様みたいにって言ったのがまずかったとか?
ああもう、うちの殿じゃあるまいし駄目ですよ、ほら、おねね様のと違って左近の胸は固いだけで触り心地もへったくれもないですって!」

清正の鼻から堰を切ったようにだらだらと流れる鼻血に、流石の左近も驚きを隠せず。
なんとか正気に戻そうとして更に清正の手を自分の胸に押しつければ、今度は大きく開いた袷の中…つまり直に胸を触る状況になってしまった。
左近としてみればよかれと思っての行動なのだろうが、清正の鼻血は止まることるどころか更に勢いを増し、しかも揉みしだく手をそのままに何故か左近を押し倒した上に伸しかかって。

「しっかりしてください清正さん…って、あだっ!」
「故意ではないとはいえ…お前を傷ものにした責任は取るから…!」
「はあ!?」

などと、まるで暴走時の三成のように彼方まですっ飛んだ思考回路を披露した上に、鼻血を流しながらそれを気にするどころか顔を近づけ荒い息で左近に迫る始末。

「安心しろ、俺は側室は持たない主義だしお前だけを大切にする」
「いやあの、仰ってる意味が判らないって言うかですね、血!血が!先ほどから鼻血が左近の顔にかかって怖いんですけど!?」
「左近…」
「ちょちょちょちょ、ちょっと、どさくさに紛れて何時まで人の胸揉んでるんですか、ぎゃあああ顔が近い近過ぎる鼻血が降ってくるー!!」

清正は(直に触れている左近の胸をもにもにと揉みしだきながら)変に熱く(鼻血をそのままに)顔を近づけてくるし、左近と言えば清正の言っている事よりも、顔にかかる鼻血に気が動転して悲鳴を上げる事しか出来ない。
戦場では鬼と例えられようとも、顔に降りかかる鼻血に思わず顔を背ければ顕わになる首筋に清正の(無駄に熱い)吐息混じりの囁きがかかり、それにぞわりと背中に走る悪寒に身を竦めれば(退けるどころかいつまでも止めようとしない)清正の手が左近の胸を揉みしだき。
いくら何でもこれは己の身に危険が迫っていると理解した左近が逃げようとするが、元姫どころか呂蒙すら居ない現状では万事窮す。

…と、思ったら。


「何をやっとるかこの馬鹿モンがっ!」


運よく呂蒙が戻って来るや否や、あからさまに「今左近を襲ってます」的状況の清正を確認した瞬間、彼の脳天に拳骨を落として問答無用に昏倒させてしまった。

「呂蒙さん、助かりましたぁぁぁぁぁ…」

念の為に呂蒙が清正を後ろ手に縛り床に転がすと、余程怖かったのだろう、清正の下から抜け出て来た左近は衣服の乱れをそのままに、震え半泣きの表情で呂蒙の方に這ってくる。

「大丈夫か左近。俺が席を外した間一体何があったというんだ」
「それが、俺がうっかりおねね様を例えに出しちまったのが悪かったみたいで…」
「ああ…ねね殿の事になるとこれがほとほと残念な事になる…」
「ええ」

顔の半分を己の血で赤く染め、不気味としか言いようのない様相ながらも、何故か随分と幸せそうな笑顔で昏倒している清正を呂蒙は半目で見やる。
戦国勢力ではない呂蒙にそれだけで通じてしまって色々と思う事がなくもない左近だったが、まさかこんな形で暴走されるとは思っても居なかっただけに衝撃も一入で。


「…とりあえず、その血を拭くといい。あとその格好では外に出るに出られんな。俺の衣装で良いなら着替えるか?
それと気を鎮める茶があるから淹れてやろう。少しは落ち着けるだろうから、それを飲んで元姫殿を待つと良い」
「ありがとうございます思い切りお言葉に甘えます」



自分の主とその他に(欲望丸出しの理由で)追いかけられだけでも参っていたのに、何とか逃げ切ったと思ったらこの有様に精根尽き果ててしまった左近は。
元姫が幸村を連れて迎えに来るまで、人として至極当然な態度を見せる呂蒙に気遣われ慰められ励まされ本気で泣いていた。





後日、呂蒙モデルで出歩く左近の姿と左近を見かけては鼻血を出す清正の姿が頻繁に見られたとか。





【お着替えパニック!・完】



清正=どうしようもなく残念なイケメン。
ファンの方がいらっしゃったら本気で御免なさい。
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