あくなき挑戦の結末
 それはひどく天気の良い、冬にしては暖かなある日。
その日は久しぶりにこれといった重要な仕事もなく、左近は自室で書物に目を通していたのだが、いつにもなく眠気がしてくる。
「・・・少しだけ休むか。」
手にしていた書物を文机に置き、ごろりとその場に横になる。
すぐに規則的な寝息が部屋に響きだす。
そんな久しぶりの安息を結果的に破ることになる人物が気配もなく部屋に入ってきたのはそれからすぐのことだった。

 「・・・・・・・・・・・・ずいぶんぐっすりお休みみたいだねえ。」
日頃の彼なら、即座に目を覚ましてしまうのにと小さく笑う。
それだけ疲れているのだろうと心の中で呟きつつ、これまた音もなく左近の傍に寄ったのは慶次で。
「・・・う・・ん。」
小さく寝返りを打てば、さらりと長い髪が音をたてて流れるように床に広がる。
「・・・・・左近殿、すまない!」
最初に部屋に入った時、本当は顔を見たら帰ろうと思ったのだ。
だが、日頃滅多に見ることができない無防備な姿を見た瞬間、そんな考えは吹っ飛んでしまった。

 「・・・・・・っ、慶次さん!?」
突如自分の体が重くなったと感じ、目を覚ました左近。
「よう、左近殿。」
久しぶりだねえっとにこやかに笑う相手に、左近は小さなため息をつく。
「あんたねえ・・人がせっかく久しぶりの休息を取っていたというのに。」
眉間にしわを寄せ、疲れた顔で呟く左近に慶次は次の行動に出る。
「いやあ、本当はそのまま帰ろうとも思ったんだけどねえ。」
「思ったんならそうしてくださいよ・・って顔近い!!」
目の前に近づいてきた慶次の顔を必死に自分の手で押し返そうとする左近だったが・・。
「悪いけど・・もう逃げられないぜ?」
がっと左近の両腕を押さえつけ、にっと笑う姿は結構怖い。
「・・・(力が強すぎて逃げ切れない・・)。」
このままでは絶体絶命だ・・と左近が冷や汗を流したその瞬間。


 「おらぁあーーー!!慶次、また悪さをしてるって本当かぁああーーー!!」
がらっと障子を吹っ飛ばしそうな勢いで開けたのは、慶次の叔父の利家だった。
「げー!!なんでここに叔父御が!?」
「俺が自室でゆっくりしてたら、どこからともなくお前が悪さをしようとしているっていう声が天井から聞こえたんだよ!!」
「いやいやいや、それ普通におかしいだろ!!天井からって!!」
しかも正確に左近の所にいると教えてくれたらしい天井の声。
「ちょうど俺も暇・・じゃなかった、貴重な時間を割いて説教だ!!行くぞ!!」
がっと慶次の襟首をつかみ、連れて行く利家。
「今絶対暇って言っただろう、叔父御!」
「気のせいだ、さあ行くぜ!」
「・・・・・はあ・・・。」
それは楽しげに慶次を連れて行く利家と、げっそりとしながらも心なし嬉しげな慶次。
ひそかに利家が大好きな慶次に、その場を逃げ出すことができるはずもなく。
そんな2人を、左近は爽やかな笑顔で見送ったのだった。



 ああ、これでようやくゆっくりと眠ることができる、そう思ったのに。
「・・・・・・・・と、殿・・・。」
「なんだ左近。」
「何故俺は今、このような状況になっているんでしょうかね?」
両腕を三成の左手でしっかりと押さえつけられ、身動きが取れないこの状況。
「何故も何も、無防備に俺の前で寝ている左近が悪い。あの寝顔を見ておとなしく帰れるはずがない!」
それはきっぱりと言葉を口にする三成に、左近は乾いた笑いを漏らすしかなく。
「あ・・あの・・殿。また別の機会とかにしてもらえ「そういって何度はぐらかされたと思っているのだ。」」
機会を逃す気は毛頭ないと断言する三成に、左近は自分の窮地を実感する。
「今度こそはぐらかしたりしませんって!ね、今夜とかにしましょう!?」
「左近。俺が何度お前のその笑顔に騙されてきたと思っている?もう騙されないぞ?」
にいっとそれは美しい顔で笑う三成に、左近は泣きたくなった。
「殿、その笑顔怖すぎますって!!しかも恐ろしいほど力が強いー!!」
動こうにも全く動きが取れない状態。
「左近、覚悟はいいか?」
がっと、開いているほうの手で左近の顎をつかみ、小さく微笑む三成。
「その笑顔怖すぎますってばぁあーー!誰かたすけ・・んぅ!」
深く口づけられ、完全に身動きが取れなくなる。

 「・・・っはぁ、殿、左近は疲れているんですって!」
三成の顔がようやく離れたのを幸いに、必死に訴える左近だったが。
「潤んだ瞳が可愛いぞ、左近!!」
「ぎゃー!!!なんか火に油を注いじまったぁあーー!!」
がばあっと左近にのしかかる三成に、左近はもはやこれまでと覚悟を決めたのだが。

 「こらぁああーー!!左近をいじめているって本当かい、三成!!」
ばぁあーーんっと障子をけ破って入ってきたのはねねさんで。
「・・・・・・・おねね様・・・なぜここに。」
「部屋でくつろいでいたら、床下から三成が左近を困らせているっていう声が聞こえたんだよ!」
「ちょ、床下からって、明らかにおかしいでしょう?!」
「どこがおかしいの!?いたって普通のことじゃないか!」
「どこがです!?」
「とにかく、左近を泣かせてたっていうのは本当なのかい!?」
「そ、そんなわけありませんよ。」
なあ左近と三成が左近の方に振り返ってみれば。

 「す・・すみません・・・ちょっと言葉にならないので・・。」
ぼろぼろと大粒の涙を流して顔を押さえる左近に、ねねの額に青筋が走った。
「こらぁあーー!!思いっきり泣かせてるじゃないか!!」
「ちょ、そこまでのことはしていな・・!」
「いいからこっちにきなさい!!お仕置きだよ!」
先ほどの慶次同様、ずるずると連行されていく三成を左近は生暖かい瞳で見守ったのだった。


 「・・・ふー・・。助かった。それにしても、もみあげを思いっきり一掴み抜いたのは痛かった・・。」
だがそのお蔭で、ねねに三成を連れて行ってもらえたので良しとしようと一人頷く。
そんな左近に、天井から聞きなれた声が聞こえてくる。
「にゃはは〜、左近の旦那、うまくいきましたね☆」
「・・・ああ、あの2人に言いつけてくれたのはくのいちだったか!」
「にゃはは、幸村様が時間がある時は左近の旦那を助けるようにって言ってたから☆」
ちょうど外を見まわっている時に慶次の姿を見かけ、即座に利家の屋敷に行ってくれたらしいくのいち。
「でも前田様もおねね様も普通天井や床下から声がしたら驚かないんですかね。」
素朴な左近の疑問に、くのいちは何をいまさらという顔で笑う。
「そんなの、疑問より先に体が動いちゃうんですよ☆」
「・・・あー・・なるほど。」
今まで何百通という抗議文を信玄から送られてきた利家とねね。
疑問に思うより先に、体が動いてしまうのは無理もないかもしれない。

 「ところで左近の旦那。」
「ん?」
「今日は幸村様の屋敷で特別な宴があるんですけどこれからどうです?」
「・・・じゃあ、お言葉に甘えますか。(特別っていうのが気になるけど)」
なにより、幸村には感謝の気持ちでいっぱいだ。
かくして、三成と慶次が説教をされている中、左近は幸村の屋敷へと足を運ぶことにした。



「はっはっは、今度のわしも格好いいよ〜☆」
「ああ・・さすがです、お館様!!」
謎の軍配踊りを披露する信玄と、それをうっとりと眺める幸村。
「・・・あー・・確かに特別な宴ですね。」
半笑いになりながら杯に酒を注ぐ左近に、くのいちは満足げに頷く。
「にゃはは、でしょう〜。お館様がお忍びで遊びに来たから、幸村様ってば大喜びで〜。」
本当は最初から左近を宴に招くつもりで左近の元に向かっていたくのいち。
だが、その時ちょうど慶次の姿を見かけたため、急きょ行動を変えたのだが、それはくのいちと幸村のみが知ることだ。

 それからしばらくの間、楽しい時間を過ごしていた左近。
そこにねねの長い説教を終えて三成が左近を迎えに来たのだが。

 「うちの左近を泣かす悪い子はいないかね〜。」
「ぎゃー!!何故ここに!?」
遠くから聞こえてくる三成の悲鳴。
「・・・・あれ・・・大丈夫かね?」
やや心配そうに幸村に尋ねれば、幸村は爽やかな笑顔で言葉を返す。
「お館様も、左近殿をとられた鬱憤を晴らしておられるだけなので問題はないと思います。」
「・・・そ、そうなの・・か?」
「そうそう、さあ左近の旦那、もう一杯どうぞ☆」
「あ・・ああ。(殿、大丈夫かね)」
この後、三成が菓子折りを持ったねねと一緒に再びここにやってきたのは、それからもう少したってのことだった。



 おまけ

 「・・・・叔父御。もうそろそろ勘弁してくれないかね?」
あれからどれくらい時間が過ぎたのだろう。
いい加減疲れてきた慶次がそう言葉を紡げば。
「・・・まあ今日はこのくらいで勘弁してやるか。」
「本当かい!?」
やれ助かったと立ち上がろうとする慶次の肩を、利家ががっと掴む。
「おいおい、どこに行く気だ?」
「・・え、どこって帰るんだけど?」
「おいおい、これから夕餉なんだ、今日くらいここに泊まっていけ。」
「え・・いや、せっかくだけど遠慮してお「・・・そうか。」」
最後まで断りの言葉を紡ぐよりも早く、利家はさみしげな表情で後ろを向いた。

 「え、叔父御?」
「滅多にお前と話すことができねえから、今日くらいは一緒にと思ったんだが・・。俺は嫌われているんだな。」
小さなため息をつき、そう言葉を紡ぐ利家に慶次は・・。
「・・・そ、そんなことあるわけないじゃないかー!!(可愛すぎるぜ叔父御!!)」
がばあっと利家に抱きつき、叫ぶ慶次。
「そうか!今日は泊まってくれるのか!」
「もちろんだぜ!!」
(・・・にやり。これで信玄公に抗議文を送られなくて済むぜ。)
実は先に信玄から今日のことを聞いていた利家。
見事任務を完了し、1人満足げに笑っていたことに、慶次が気が付くことはなかった。

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こちらは日頃お世話になっている紅縞瑪瑙館の葉月屋はづき様への贈り物に書かせていただいた話です。
三成と慶次の猛烈アタックにげっそりする左近と、影で左近を守る幸村とくのいちコンビです(笑)。
エンパ設定でお館様も登場させてしまいました。
少しでも楽しんでいただけますように。

 夕月夜 夕月拝


いつもお世話になっております、夕月夜の夕月様から頂きました!
多忙すぎて体力赤ゲージになってた年末に頂いたので、拝見した時
思い切り体力ゲージが戻りました(笑)←萌えの力って凄い。
とりあえず、左近は無防備に寝ちゃ駄目だと思うんだ。
そして武田組は左近を可愛がりすぎてていいぞもっとやれ状態。
夕月様、いつも素敵なSSありがとうございます大切にします〜(悦)
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