災難道連れ世が情け?(三成×左近+豊臣夫妻)



豊臣によって天下に泰平が齎され皆が笑って暮らせる世になっていた、はずが。
その豊臣によって泰平がぶち壊されたとしたら、さてはて怒りのやり場は何処へ持ってゆくべきか。




「み、三成、まずは落ち着くんさ、な?」
「そう、そうだよ三成、まずは落ち着こう、ね?」
「…………」

ずぅぅぅぅん。
そんな擬音を背後に従え、石田三成は大坂城内の執務室で凡そあり得ない相手に向かい仁王立ちしていた。

「悪かったなぁ…うん、反省しちょる」
「こんな事になるなんて思わなくて…ごめんね三成」
「俺に謝られても意味がないのですが」
「殿、落ち着いて下さいよ」
「これが落ち着いていられるか!」

そんな状況の中、何故か三成の乱髪兜を被った島左近が、心なし疲労の色を濃くして主を止めに入っていた。

「とーの。大殿やおねね様に悪気があったわけじゃないんです、なっちまったモノはしょうがないじゃないですか」
「お前は…自分が今どうなっているのか自覚があるのか?」
「まあ、一応。それよりも殿のこれ、外していいですか?さっきから痛くて仕方ないんですよ」
「馬鹿、取るな!」

己の身に降りかかった事よりも、怒り狂っている主を宥める事に大きなため息をつく左近が、三成の制止を聞かず頭に被せられていた乱髪兜を外せば。
兜の下…つまりは左近の頭の位置に本来あり得ないものが飛び出て来た。

「すぐそれを隠せ、俺の心の臓がもたん!」
「あちゃー、やっぱ見間違いじゃないんじゃなあ」
「うう、ごめんね左近」

ぴょこっと現れたそれは、左近の(三成が密かにしているつもりで大っぴらに敬慕しているのが見事に周囲にバレている)宵闇より尚色濃い長く艶やかな黒髪と、どうやっても見間違えようのない二本の長い耳。
左近の髪の色そのままに、これまた見事な宵闇色の艶やかな黒い毛に覆われているそれは、目を擦っても現実逃避しても感嘆しようとも紛れもない兎の耳だった。

「はー…やっぱり生えてるんですねえ」

自分を見る一同の反応に、鏡を見なくても現実を思い知ってため息と共に己の頭に生えている耳に手をやり、それをぐにぐにと弄りながらどうしたものかと肩を落とす左近だったけれど。
そんな彼を含め、困惑と微妙な気まずさが蔓延るこの一室で、一人三成だけは別次元で混乱を極めていた。

「…さ…左近お前…耳を弄りながら小首を傾げるな…!」

ただでさえ常日頃左近へ並々ならぬ執着を見せているのに、いつもの厭世的な笑みを消し所在なさげに長い耳を弄る様子から目が離せない…つまりは兎の耳を生やした姿に盛大に萌えているのである。

「三成、おみゃー(色んな意味で)大丈夫か?」
「秀吉様達が天井から降ってこられた時点で既に大丈夫ではありません」
「うぐっ」
「ホントごめんね左近。うちの人が浮気したからお仕置きしようと思ったんだよ」

肝心な事の原因は、秀吉の(いつもの)浮気を知ったねねが「他の人から相手にされないように暫くお猿にでもなってなさい!」と忍法を放つばかりの形で詰め寄り、流石にそれは勘弁とばかりに秀吉が逃げて。
そうして大坂城で凄絶な夫婦喧嘩(というか鬼ごっこ)が起きていたのだが、持ち前の機敏さで逃げ回る秀吉と、忍んでない忍びであるねねの神出鬼没さが仇になった。

「ま、なってしまったものは仕方ありません。お猿に変化しなかっただけマシですかねえ」
「安心しろ左近、兎の耳が生えたお前は今すぐ押し倒したい程破滅的に可愛らしいが、俺は万が一猿になったお前でも十分愛す自信と心意気と覚悟はあるぞ!」
「いつも思いますが、なんで殿は俺みたいなおっさん相手に可愛いとか真顔で言いますか。そもそもそんな自信と覚悟と心意気はいりませんて」

左近自身巻き込まれた事にため息一つで済ませている以上、三成としては豊臣夫妻に詰め寄る理由がなくなって。
むしろ主として言うべき事は言ったのだから後は思う様愛でさせろ!といった有様で、どさくさ紛れにセクハラ発言をかましては、有無を言わさず左近の頭に生えた兎の耳を撫で始めた。

「ちょ、ちょっと殿止め…」
「普段のお前も十分可愛らしいがこれは拍車がかかっているな…!」
「殿、お願いですから耳を触るならせめて力を加減して下さい、かなり痛いんですケド!?」
「痛くしなければ噛んでも良いか?!」
「良いわけ無いでしょう、馬鹿ですかアンタ!!」
「うんうん、仲が良いってイイことだね!」
「…良いっちゅーんか、コレ」

兎の耳を撫でくり回すだけならまだしも、必要以上に詰め寄る三成の鼻息が心持荒い事に左近はかなり引いているのに、ねねにかかればあっさり「仲良し」で済まされてしまう。
そしてこの場で一番位が高いにも関わらず一番立場が弱い秀吉は、余計なとばっちりを受けないよう、誰に聞こえるでもない小さな声でツッコミを入れていた。

「痛いって言ってんでしょう殿!」
「コラ、三成!いくら左近が可愛いからって無理やり触るなんて駄目じゃない、人が嫌がる事をする悪い子にはお仕置きだよ!」
「おねね様は黙っ………」
「………(儂ゃー何も見とらん。知らん)」

ぷすっ。
小さなツッコミの後一人傍観の域に入りつつあった秀吉は、愛妻が「お仕置きだ」と言って手を振り上げた瞬間、何かが何かに刺さる音を確かに聞いた。
それを証明するように三成がいきなり昏倒したということは、ねねが三成に何かしたらしい…が、三成の暴走っぷりと左近への申し訳なさと、何より愛妻からの反撃を恐れ口を噤んだままなのは賢い選択と言えよう。

「全くもう……でも左近、こんな事になっちゃって驚かないの?」
「あー…ああ、まあ、驚いてはいるんですが、慣れているともいいまして…」
「え?」
「武田に居たころの話なんですが、忍びの術を試すとか何とか言う信玄公から、この手の悪戯を何度かされたことあるんです」
「……」

あの頃は若かった分今より余程堪え性が無く、弄られる材料にしかならないと判っていてもついムキになって。
混乱のまま早く元に戻すよう信玄に詰め寄っては軽くあしらわれ、あまつさえ見事に弄られていた苦い思い出が脳裏に過り、それを踏まえて焦るだけ損をすると身をもって知っていた。
だから(忍びの術の原理は判らないが)時間が経てば元に戻るだろうから、焦るだけ損だと一人諦めの境地に入っている左近だった。

「それよりもおねね様、俺のコレが元に戻るまで、どんな手を使ってでも良いですから殿を抑えて頂けますか。
さっきので確信したんですけど、この耳が引っ込むまでの間、いつも以上どころかいよいよ恐ろしい程に身の危険を感じるんです。
ああ、仕事に関してなら俺が可能な限りきちんと捌きますので、それの邪魔をさせない為にもしっかりと昏倒…じゃなくて抑えて頂ければ、後はどうとでもなりますから。
あと…当たって欲しくはないんですが、慶次もどこからかこの耳の事を聞きつけて押しかける可能性があるんで、その時はアレも殿と同じ手でお願いします。
いや、むしろアレは体躯が立派な分、量は殿の倍でいくのが良いかと…」
「……う、うん……」
「そ、そうじゃな…」

あはは、と笑いつつもかなり「オイオイ」とツッコミたくなる策を提案してくる左近。
どれも否定できずそもそも原因を作った故に断るという選択肢がない豊臣夫妻は、彼の言葉の端々に有無を言わせぬ雰囲気を感じ取り揃って頷くことしか出来なかった。

「…ね、お前さま。幸村呼ぼうか?」
「ああ、それがええかも知れん。幸村の腕なら三成を止めることも出来るし、何より元武田家臣ならこの左近を見てそんなに慌てる事もないじゃろ」

冷静に見えて実はかなりテンパっている様子の左近に申し訳なく思ったのか、豊臣夫妻は(昏倒したままの三成をそのままに)ひそひそと手相談するも。
頼りの幸村が来ればそこに当然のように政宗がついて来て、さらに二人を一緒にする事をヨシとしない兼続も追いかけてきて、兼続が来れば慶次が絶対付いてくる。
政宗と兼続が顔を合わせれば何事もない筈がなく、そして左近目当てに慶次が行動を取れば如何な状況にあろうとも三成が黙っているはずがない(むしろ全力で暴れる)。


…つまり、左近の護衛に幸村を呼ぶというそれが、実は新たな騒動の種そのものだということに、天下人とその妻は全く気付いていなかったのである。



さてはて今後どうなる大坂城。



【災難道連れ世が情け?・完】




お世話になっております、夕月夜の夕月さまへ進呈いたしました
サイト7周年記念お祝いSS三×左+豊臣夫妻…というかギャグ。
真面目な内容にしようかとも思ったんですが、お祝いだし明るく!と
張り切ったら斜めに張り切ってしまいました。殿が非常に残念です。
…私は殿生存の場合残念でない殿は書けないんじゃなかろうか。

なにはともあれ、サイト7周年おめでとうございます〜!(ぱちぱち)

戻る?