華桜繚乱〜優しき夢現〜





その存在に特別な感情を抱いたのは思い出せないくらい遠い昔。

人ではない自分達魔物にとって、流れ行く時の早さはきっと人のそれより遥かに遅い。

この心の奥底に隠し続けたこの感情、貴方にさらけ出すにはいまだに勇気が足りない。

それでも今度会った時こそは、この感情の正体くらいは貴方に明かせたら。

そんなことを考えつつも、ゆったりと流れる時に身を委ねていた愚かな自分。

貴方の瞳にうつる存在がいつのまにか彼の存在ただ1人なのだと気がついたのはいつのころだったか。

 







三成と左近が出会ってから瞬く間に幾年月が流れた。
すっかり居心地がよくなってしまい、気がつけばすっかり三成の屋敷に住みついてしまった左近。
あまりにこの場所の居心地がよく、離れがたくなってしまったのだ。
おそらく一番の理由は、三成を放っておくことが出来ないと言うことだと思う。
いつか三成は魔物から精霊になり、自分の目の前からいなくなるだろう。
けれどそれまででも良いから傍にいて、守っていたいと願ってしまう。
おそるおそる三成にそのことを告げれば、三成は、それを当然とでも言うように受け入れた。
三成は三成で、最初から左近を気に入っていたからその申し出を断わる理由はどこにもなかった。
今ではすっかり三成の世話に慣れてしまい、当然のように家事をこなす日々。
それがまったく嫌ではないのが自分でも不思議なのだが、深くは考えないことにしていた。
きっとこれは瞬きをするよりも一瞬の泡沫の時間。
ならば現実に戻るまでは穏やかな時間をすごしても良いではないかと思っている。
まるで遥か昔からの主従の様に、2人は同じ場所で共にいる。




「左近、喉が痛い。」
「うーん・・・まだ熱がありますね。」
数日前から風邪を引いたらしく、三成は寝込んでいる。
「だがだいぶよくなったぞ。」
「でもまだ薬が必要ですよ。すみませんが、ちょっと材料が足りないので山を降りてきますね。」


魔物である左近にとって、険しい山道を降りることはそんなに難儀なことではない。
人の数倍の早さで走ることも、数倍の高さを飛び越えることも簡単だ。
それでも三成のように一瞬で違う場所から違う場所に移動をすることはできない。
おそらく力だけで言えば、魔物の中でも三成は相当の地位にいるはずだ。
だがまあ当の本人が力を使う気も、他の魔物達を支配する気も微塵もないので、
2人は出会ってからずっとこの山の周辺にしか移動をしたことがなかった。



変わることなく続くような気さえしていたこの穏やか過ぎる時間。
それが突然終わりを告げたのは、2人がはじめて出会ってから十年近くの年月が流れてからだった。



「喉に良いのはこの薬草だな。」
山の麓で木の実やら野草やらを籠に入れていた左近の背後から突然大きな声がした。
「おい、左近じゃないか!久しぶりだねえ!」
聞き覚えのある声に振り返れば、やはり見慣れた姿。
「慶次さんですか。そう言えば久しぶりですね。」
同じ魔物であり、すさまじい力を持つ慶次は長い金の髪をなびかせながら左近のところに走ってくる。



 慶次に最初に出会ったのは、もう二百年以上も前だろうか。



その時はまだ左近と慶次の間にはかなりの力の差があった。
まだ少年の面影を残していた慶次が大勢の敵に囲まれ、苦戦しているところを助けたのが始まりだった気がする。
助けることに理由はなく、おそらく多勢に無勢だったことに腹が立っただけだろう。
だがその時から慶次は左近にひどく懐き、暇さえあれば会いに来る。
一緒に行動を共にしようと何度言われたことか。
おそらく自分達の力の差はあの頃と逆転している。
そんなことを頭の片隅で考えながらも、左近はあることに気がついた。
「なんでここに?」
今の慶次の様子からすれば、ここに来たのは本の偶然の様だ。
何の気なしに聞いた左近だったが、慶次の返答は想像もしていなかったものだった。


「この山は昔からかなり強い結界がはられていてさ、足を踏み入れることすらほとんどできなかったんだよ。
それがここ数日急に結界が弱まったんで、他の魔物連中も興味本位で入ってるぜ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「左近?」
「三成さんー!聞こえますか!?」
突然凄まじい声で誰かの名を呼ぶ姿に、思わず慶次が目も見開く。
『・・・・・聞こえる。』
かすかだが、確かに三成の声が聞こえてくる。
「無理を承知で言います。今すぐここにきてください。貴方ならば可能ですね!?
左近ではそこまでいくのに時間がかかりすぎるんです、間にあわないかもしれない。」
『・・・・・・・そんなに必死ならなくとも俺ならば大丈夫だぞ?いくら結界が弱まってもここまでは来れまい。』
「たとえそこまでは行けなくとも、もはやあなたの気配は知られているでしょう。良いから今すぐここにきてください!!」
悲鳴にも似たその声。
『・・・・・・・・・・・・・まったく。仕方がないやつだな。』
そう声が聞こえたのと、背後に気配を感じたのがほぼ同時だった。


「三成さん、具合はどうです?」
突如現われた三成に驚くこともなく、左近が心配そうに三成の傍による。
「だから平気だ。だが俺がここに来てしまったから屋敷周辺も他の連中に見つかったと思うぞ。」
これではもう屋敷に戻れないと呟く三成に、左近は申し分けなさそうに頭を下げた。
「すみません、俺としたことが無事な姿を見ることしか頭になくて・・・。」
そこまで頭が回らなかったと落ち込む左近の頭を三成が優しくなでた。
「別に。そこまで落ち込まなくて良い。ここにも随分長く住んだからな、他の場所を探せば良いだけだ。」
「・・・はい。」
「それにこうなるだろうと思って、屋敷ももってきたぞ。」
すっと三成が指をさした先には、今まで住んでいたはずの屋敷が佇んでいる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ええー!?どうやってもってきたんですかこれ!?」
ありえないと叫ぶ左近に、三成は自慢げに持っていた扇子を開き・・・。
「こうやってこの中にしまってしまえば持ち運び自在なのだよ。」
すーっと今の今まで目の前にあった屋敷が扇子の中に吸い込まれていく。
「・・・いや・・、本当無表情で驚くべきことをしてくれますよね・・。」
やはり三成のもつ力は底知れないとあらためて思い知った左近だった。


そんな2人の様子を無表情で眺めていた人物が1人。
「・・・・・・・・・・・まさかあんたがそんなに誰かに執着を示すなんてね。」
ぽつりと呟かれた言葉が宙を舞う。
目の前に広がっているのは、今だかつて見たことがない左近がたった1人の存在に心を傾ける姿。
自分の中に、こんなにも相手に対する感情が隠されていることなど当の左近は気がつきもしないだろう。


そんな慶次の存在にあらためて気がついた左近は、すまなそうに慶次に声をかけた。
「慶次さん、見ての通り今はたてこんでますので、落ちついたらまた会いにいきますから。」
「・・・・・・・・・・・・・・ああ。わかった。」
左近の横に当然のように立ち、共にいることがもはや当たり前だと言わんばかりの三成の姿。
心の中でざわざわとかつてない強い風が吹く。
それでもそれを表に出すことはしない。
諦めることも、負けるつもりもないからだ。



他の魔物達に見つかる前にと2人でたち去っていく姿を静かに見送りながら慶次は呟いた。



「あの存在よりも強くなれば、その隣に立てるのかねえ。」
それがいつになるのか見当もつかないけれど、魔物である限り時間はまだまだあるはずだ。
まさか自分が想像していたよりも遥かに早く、左近が主君である三成を守って魔物の世界から消え行くなど考えもしなかった。





こんなことならもっと早くにこの手を貴方へと伸ばしてしまえば良かったのに。

伸ばしかけたこの手はなにも掴めぬまま、今もなお掴みたかった貴方の手を捜しているのだ。




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このお話は日頃お世話になっている葉月屋はづき様への贈り物に書かせていただきました。
平安パラレル左近話の過去編と言う設定なので、時代は更にさかのぼります。(平城京あたり・・?)
三成がいつもより左近に優しくされていますが、左近が人間になるとああなります(笑)。
慶次はやや気持ちを隠してしまっていたため、人間左近への執着がすごいことに・・。
いつもよりギャグはかなり少なめではありますが、左近は変わらずみんなに好かれております(笑)。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

夕月夜 夕月拝



夕月さまよりいただきました、華桜繚乱の過去編でございます。
サイト6周年お祝いSSを進呈させていただいたら
逆にこんな素敵SSを頂いてしまいまさに藁しべ長者気分。
馬鹿ップルというか駄目ップルな三左も好きですが、珍しく左近に執着を
見せる慶次も好物な身としては、大変いやっほーいと小躍り気分です。
(基本一方方向な両想いが好きなんです)

夕月さまありがとうございました大事にしますー(喜)
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