特効薬の使い方(清正→左近+慶次)

「左近」
「おや清正さん」
「お前本当に欲しいものはないのか」
「は?」


それは徳川からの猛攻に耐え、皆が城下もろともの復興に勤しんでいる大阪城の一角でのこと。
決して上には立とうとしないが、それでも現場の指揮のみならず、何処か上滑りになりがちな他の大名や官吏との連携を上手く取り計らっているその男の名を島左近という。
用事が有るわけでなく、本当にただ偶然出会った清正は、いつかそれとなくと言われていた豊臣秀頼からの言葉を伝えてみるのだけれど。

「秀頼様が仰られたんだ」
「……ああ、なるほど」

徳川の大阪攻めの際、この男の援軍と智略、そして何より先陣を切って揮う武力がなければ到底勝てはしなかったあの戦。
そして今こうして清正を助け他を助けまとめ上げているその手腕を褒め称え、秀頼としてはなんかしら望むままの恩賞をと、そう思っているのだけれど。
皆がそれぞれの働きに見合った恩賞報酬を得る中で、一人左近は何も望まず受け取らなかった。

「俺は何もしちゃいないってのに、相変わらずもったいない話ですな」
「…左近」
「はは、冗談です。でも…困ったな、本当に何も欲しくはないんですよねえ」

困惑を隠そうともしない面持ちで肩をすくめて見せる左近に、清正は一言「望みのままだそうだ」と付け加えて。
そして左近が秀頼に相対した時の口上を思い出し、出来れば金品でとも付け加えた。

「清正さん…金品でなんてそれこそ俺は望みませんよ。そりゃあ生きていく上で必要な分は頂きますけどね、逆に言えば余計に頂いても困るだけです」
「ならば武具はどうだ」
「いやいや、もう戦はないんでしょう?その為のあの戦だった。違いますかね」
「………」
「それにねえ、ほら、もう俺が望んでるモノは頂いてますから」

官職は全く望まない代わりに、大阪城や焼かれた町や村が元の賑わいを取り戻せるように、好きなようにこの力を使わせて欲しい。
左近が秀頼に望んだのはたったそれだけ。
その欲のなさと何処までも豊臣に首を垂れる姿に、皆があれだけの働きを見せて何も望まぬとは見事なものだと感嘆してみせたけれど、左近と近しい関係であればあるほど彼の真意を見抜いていた。

「本当に、もう十分なんです」

左近に近しい者は皆、この男が求めている物が何であるのか知っている。
そして左近もまた、自分が何を求めているのか判っている。
それでもないのだと言い張るのは、求めても決して得られる物ではないと十分に理解しているから。
求めそれを口にすれば、得られないのは失ったからだという現実に自分が傷つき周りもまた傷つくことを避けているから。


だから、せめて。
あの方の望んだ豊臣の統治を。民の平穏を。
大一大万大吉の言葉そのままに、この力が全ての糧となればいいと。
左近にとって、ひたすら復興に尽力を注ぎたいと申し出たのは、モノではなく散った命の遺志を継ぐという、求められないのならば違う形で得ようとしただけのこと。


「っと、曲りなりにも俺はあんたに膝をつき首を垂れた以上、こんな言葉づかいじゃいけませんね。他の家臣に示しがつかない」
「それは俺がお断りだ。今まで通りでいい…というか、むず痒い」
「ははは、ずいぶんなことを仰る。しかし、まあ…その、何も望まないことで秀頼様や清正さんを困らせるんじゃ本末転倒ですしね。
何か考えておきますから、もうちょっとだけ時間を下さいとお伝え頂けませんか」
「……ああ」
「すみませんね、手のかかる家来で」
「左近」

言葉づかいなんてどうでもいいと言いながら、清正は左近があくまで自分は下に付いたのだという意味を込めて「家来」という言葉を強調することだけは見過ごせない。
己よりほんの少しだけ高い目線の相手の肩を掴み、しっかりとはっきりと清正は告げる。

「お前は俺の家来じゃない。れっきとした俺の家族だと何度言わせるんだ」
「………」

清正が家族という言葉を強調したのは、己への戒め。
欲しいと望んで、望むことすら相手を追いこむやり切れぬ想いを捨てられず、けれどその隔たりをなくすことを諦めきれずこだわる関係。

判っている。
左近がどれだけの精神力で平常心を貫いているか。
気付いている。
左近の内にあるのが決して癒えることのない悲傷であることを。

「…清正さん?」
「左近、俺は。いや、お前は俺に…」
「おおい左近、ここに居たのか」

平気な振りをするなと、俺に言いたいことがあるなら言えと、決して言ってはいけないと理解していたはずのその言葉を清正が口にしかけたその瞬間。
割って入った大きく太く、それでいて酷く朗らかな声に遮られた。

「なんだい、取り込み中だったかね」
「前田の…」
「そんな事ありませんよ慶次さん。それよりも俺を探してるみたいでしたがどうかしましたか?」
「ああ、幸村がお前さんを探していたんでね、俺もお前さんに会いたかったし、丁度いいから探しにきたんだけどねえ…」

邪魔をしたかと言いながらも慶次の視線が清正の手に移れば、今更ながらに清正は自分の失態に気付いたのだろう。
清正が左近の肩から手を下し、ばつが悪そうに視線をそらし半歩下がった状態になれば、慶次は何処か満足げに笑みを浮かべて左近に近づいてきた。

「幸村が……ああ!まずい、あれの仕事を手伝う約束をしていたんだ。うっかり忘れてましたよ」
「おいおい、俺が会いたかったってところは聞かない振りか」
「くだらない戯言を言うくらいなら、その自慢の腕っ節を大工たちに貸してやって下さいよ。左近は忙しいんです」
「…相変わらずつれないね、全く」

口調こそは残念がっては居ても、大きく肩を揺らして笑いながらの肩を叩く慶次に、左近は年寄り相手に手加減しろとだけ言い捨てると。
黙ってしまった清正に「思いついたら言伝します」と告げて頭を下げ、そのままその場を去って行った。
足早に去ってゆくその背で揺れる黒髪を見送り、清正に背を向け己もその場を去ろうとした慶次だったけれど、直ぐに足を止めて清正を振りかえる事無く「なあ」と声をかける。


「求めるな、なんて言えた義理じゃないんだけどね。覚悟もないのに手出しするつもりなら容赦はしないって覚えておいてくれるかねえ」
「………俺は」
「言っとくが、アンタがあの御仁のことにこだわってる事を言ってるんじゃない。
ただ、半端な覚悟であれの傷を抉るのは止めてもらおうって言ってるのさ」


先ほどまでの朗らかさを消した、太く大きく、そしていて低い声でそう告げるのは黄金の虎。
そしてその視線の先にあるのは、告げられた言葉を受け止め言われるまでもないと射るような眼差しを返す白銀の虎。



「アンタを正気に返らせるのも、あれを追い詰めるのも。良くも悪くも色んな意味であの御仁の名前は特効薬さ」



あれを傷つける覚悟が出来ないうちは、何もするなと。
また頭に血が上りそうになったら呟けばいい、と。
そう捨て置いて去ってゆく慶次に、清正は己の先ほどの失態を痛感しているからこそ何も言い返せず暫しその場に立ち尽くしていた。


【特効薬の使い方(清正→左近+慶次編)・完】



日頃お世話になりまくりのひよさんへの2010冬陣中お見舞い第三弾。
以前進呈した『果てぬ夢』がベースになりつつある我が家の戦ムソ作品、
リクエストを清左で頂いたのでにっこにこしながら書かせていただいたものの、
あれ気付いたら慶次が出張ってましたという何時ものお約束オチに。
昨年は戦ムソ3レポお待ちしてますと書いてましたが、戦ムソ3というより
戦ムソ3Zレポですよねー(泣笑)でもお待ちしております。
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