戸惑い(凌統・甘寧)






父上、父上。
俺は、どうしたらいいんでしょう。





父上、父上。
俺は、どうしたらアレを憎んだままでいられますか。





父上、父上。
俺は、俺自身が、恐ろしい。





「何してんだ、お前」



一人月が眺めたくなった凌統が、こんな夜半に誰もいないだろうと思っていた場所にやってきて、なのに今一番会いたくない男の姿を見つけて眉を顰めた。

「あー?見てわかんねぇのかよ、飲んでるんだよ」
「…誰もそんなこと聞いてないっつの。なんでこんなトコロで酔っ払ってんだってきいてんの」
「なんで……なんでだろうなあ?」
「…………アホ?」
「そうかもしんねぇ」

そういって、酒瓶を片手にけらけら笑っているのは、寄ると触ると喧嘩ばかりしている甘寧。
誰よりも尊敬して止まなかった父を殺し、その直後に呉に下った男。
……蟠りが解けない凌統に対し、どこまでも真っ直ぐに『仲間』としての信頼を預けてくる男。

「ここは俺のお気に入りの場所だってのに、なんでお前がいるかな…」
「そのままそっくり返すぜ?
俺だって、まさかお前がくるなんて思ってなかったし」
「お前に風流が判るのかっつの…」
「うるせーな!せっかく良い気分で飲んでんだ、水差すなよ」

ほらよ、と差し出された酒瓶を僅かに躊躇しながら受け取って……凌統はそれをすぐに甘寧に押し返してしまった。

「ンだぁ?こんな時にやんのか…」
「ばーか、俺だって持ってきてんだっつの」

途端にしかめっ面になる甘寧に、凌統は面倒くさそうに自分が手にしていたモノを掲げて見せる。

「だいたい、お前の酒、いくら上物でも強すぎ。月を愛でる前に潰れるって」

甘寧の飲んでいた酒は、味は良いのだがとにかく後から「来る」と有名な代物で。


それに。


「……それは、父上が好まれていた酒なんだよ」

それは父が、生前愛してやまなかったものだからと。
流石にもう牙を剥きだしにして突っかかることはしないけれど、それでも自分の感情を押し殺し切れないのか、凌統は小声で吐き捨てるように言った。

「………そうか」
「……………」

それに対し甘寧は一瞬だけ凌統を見据えてから、すぐに肩の力を抜いて己の酒を煽る。
暫く、何も言わず、何の音も立てず、静寂の中それぞれ手にしている酒を口に運んでいる止まったかのようなこの時が。


不思議だと、凌統は思う。


もう甘寧が憎くないのかと問われればすぐにそれを否定するのに、何故かこんな形で二人きりで出くわすことになっても、此処から立ち去ろうとはしない自分が居る。
しかもその未だに憎い相手の隣に腰を下ろし、黙って酒を口に運んでは空に浮かぶ月を愛でて。
何故、父を殺した男と、その父が愛していた場所で二人きりでいるのかが。


「……調子くるうっつの……」


しかもそれに対し、不思議以上の安堵を覚える自分に戸惑う。
色々な感情が胸中に渦巻いていてせいで、そこそこな間全てのモノから神経を遮断していた凌統だったが、ふと我に返ってみて、妙に静か過ぎる隣に視線を移して……。

「馬鹿?」

心底呆れ果て、思うよりも先に言葉が出てしまった。

それはそうだろう。

自分と、父だけが知っているはずだった恰好の月見場所を見つけ、一人酒を嗜んでいたくらいなのだから、多少は風流を解していると、凌統はそう甘寧を内心見直していたのに。
それがどうだ。このざまはなんだ。

「俺の大事な場所で無様に酔っ払ってんじゃねえっつの、この万年特攻鈴男が!!」

持参していた酒瓶を抱え、花も散った桜の樹に寄りかかって大鼾をかいているではないか。

「むかつく」

苛つく感情そのままに、凌統は甘寧を叩き起こすべく愛用の得物に手を掛け、力一杯振り下ろそうとしたのだが。

「……」

すぐに、手を下ろして。
何も言えず、何の色も湛えていない瞳で高鼾を掻きつづける甘寧を見やる。
憎い、憎い相手。父を自分の目の前で殺した憎んでも憎みきれない相手が、こうして自分の目の前で


無防備に高鼾を掻いているのに、それなのに。


仇を取るならば今のうちだと、頭のどこかでそう囁く自分が確かにいるのに。



手が、動かない。



しかも、そんな自分の行動が信じられなくて、そのまま固まっていると。



「……殺さねぇのかよ?」



いつの間にか甘寧が目を覚まし、凌統と同じ目をしてこちらを見つめていた。





「………お前を殺したって、父上は帰らない」
「ああ」
「お前を殺せば、孫権様の天下統一のための大事な手駒が減る」
「ああ」
「……だから、今は殺さないでおく。今は、まだ」
「そうしてくれ。
代わりに孫権様の天下統一が叶ったら、その時俺はこの命お前にくれてやらぁ」
「………………」


言い澱む凌統の言葉を甘寧は躊躇うことなく引き継ぎ、もう一度だけ視線を交わらせてからまた瞳を閉じて鼾を掻き始めた。





ああ、父上。
俺は貴方の仇が取れません。



父上、父上。
貴方の仇を取ったとき、それは更に憎い敵が生まれる時で。





……俺は、この男を殺した自分をを許せなくて、躊躇いなく殺してしまうでしょう。






父上、父上。




父上、父上。




俺は、こんな俺自身が、恐ろしいのです。




【戸惑い・完】





ひよさんにあおくび大根のお礼に進呈(というか押し付けた?)
させて頂いたリクエスト凌統×甘寧…とは名ばかりのダメダメSS。
いやあ、甘寧で苦戦するかと思いきや凌統で大苦戦しました。
(因みに管理人無双4では凌統イチオシですので誤解なきよう)。
全然色っぽくなくてすみません…また機会があったら今度こそ
艶になるようにします!(今回はどう見ても凌統と甘寧である)。

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