「日向さんッ?!」
「所長!!」
『な…なんだぁッ?』
しかもただ身動きが取れないだけでなく、まるで掃除機にでも吸い込まれるように、物凄い吸引力で後ろに引っ張られているのだ。
「一人で何を遊んでいる、駄犬」
『誰が駄犬だぁッ!じゃなくて!オゼットッ!!なんだこれはーッ?!』
「私は何もしていないわよ…」
四つ足で踏ん張ってみるも、爪跡空しくじりじりと引きずられながら日向が叫ぶと、さすがのふみこも唖然とした様子で吸引先を見ていた。
「なんであの鏡が…?」
その吸引先とは、玄乃丈が無事に消えた後、きちんと伏せられていたはずの件の鏡(の、鏡面)。
しかも先ほどは漣み打っただけだったが、今回は割れんばかりに激しくがたがたと騒音を鳴り響かせている。
「ふみこたんッ、どうなってんだよ?!」
「ふみこさん!!」
「だから私は何もしていないと言ってるでしょうッ!!」
その騒音に負けじと声を張り上げ説明を求める年少組二人に、ふみこにしては珍しく大きな声でやり返す。
「……犬」
『こんな時になんだ似而非忍者!!』
「大正殿の事なら俺ににまかせろ」
『はぁ?!何を寝ぼけた事を……ッ!!』
日向が引きずられる様を何もせずに冷静に眺めていたロジャーは、光太郎達が騒音に耳を押さえる姿に手っとり早い解決策を実行することにした。
『なにをするかーッ?!』
ロジャーは床に踏ん張っていた日向の首根子を掴み上げると、
「貴様の為になんぞ全く言いたくはないが……、大正殿が悲しむからとりあえず生きて帰ってこい」
と、そっけなくそう言い放ってから、日向を鏡に向かって勢い良く放り投げたのだ。
「なーにーをーすーるーーー……」
すると鏡はまるで獲物を飲み込むように日向を吸い込み、フェードアウトする日向の叫びを最後に、それきりぴたりと静かになってしまった。
「ん、これで一件落着ネ」
その様子を茫然と眺めていた三人に、ロジャーは爽やかさ全開の満面スマイルを見せる。
「阿保ロイ!所長までいなくなっちまっただろーッ!?」
「OH!ヒドいじゃないかコウ。皆あの音に困っていたから解決してみせたんだぞ」
ごもっともな光太郎の叱咤に、ロジャーは大げさに肩をすくめて自分は間違っていない事をアピールする。
「ですがろいさん…」
「巫女姫殿。そんなに心配せずとも大丈夫でゴザル」
「何故ですか?」
「凄く簡単なことさ。どんな形であれ、日向は鏡の向こうに行っただけだろう?その鏡の向こうには誰が居るんだい?」
「……え……」
「玄乃丈がこちらに来たことを考えなさい」
「んなコト言われたってよぉ…」
意味がわからず顔を見合わせる年少組に、ロジャーの考えをすぐに理解したふみこは、簡単に答えを教えてやることにした。
「わからない?鏡の向こうなんだもの、必ず私達もいるはずでしょう」
「へ?」
「……そう、なのですか?」
「確信はないけどネ。間違いないはずさ。だからどうにかして戻る手伝いくらいはしてやるだろう」
誰一人としてそれを確かめようとしない鏡を(遠くから)眺め、爪跡を残して消えた日向の事を考える。
「まぁ…アレも一応神の端くれだし。何とかなるだろ」
「そうですね…日向さんは(全然見えませんが)古の神の血族なんですよね…」
「それに第一、金がここに居る限り、あれは死ぬ気で帰って来るわよ」
「そーだよなー…。(糸目のおっさん残して)あの所長が死んだりしねーよなぁ…」
全員「日向だから何とかなるか」な結論に達すると、後はもう係わるのも面倒だとばかりに、ふみこは万能執事に鏡を片付けさせた。
「さ、後は金にこの状況を説明するだけなんだけど…」
ふみこがそう口にするだけで、殺風景な事務所内が万能執事の手により、茶会用に小綺麗にセッティングされてゆく。
そして万能執事から紅茶をいれてみてはと促され、小夜が(光太郎の視線にがちがちに緊張しながら)挑戦していると。
「(さて、寝室に入るのだけは止めてあげないと、日向が戻った時にうるさから…どうやって金を起そうかしら)」
「(それは判るが、この騒ぎにも起きて来ない大正殿を起こすのも忍びないでゴザルよ、ふみこ殿)」
「(起こそうにも、あれはしばらく起きられないわよ)」
「(な、なんと!!……犬め……どこまで獣になれば気が済む!)」
「(仕方ないんじゃない?大きな坊やがアレを選んでるんだから)」
「(むう…やはりここは一つ、馬鹿の居ぬ間に大正殿の目を覚まさせてやるか…)」
「(あら面白い。私も一口乗ろうかしら)」
「(それは心強い)」
大人二人は物騒(?)な密談中だった。
何とかして早く戻れ日向玄乃丈。
魔女と忍者の攻撃(違う)に、再び金が胃痛で倒れるその前に!
《大混乱・完》