「………………」
「………………」
「………………」
これにはどうフォローしたらいいのか皆目見当がつかず、途方にくれて言葉を失った金。
口に出してしまったものは今更元に戻せないと、腹を括って相手の出方を待つ日向。
そして、日向を見据えてにっこりと、実に美しく妖艶に微笑んだふみこは…。
「お座り!!」
と、有無を言わせぬ声音で鋭く言い捨てた。
それと同時に…。
「ぎゃんッ!」
と、間の抜けた悲鳴と共に、日向の身体が思い切り、それこそのめり込む勢いで床に叩きつけられた。
「……………」
あまりの出来事に度肝を抜かれた金は、細い瞳を目一杯見開いて、崩れるようにその場に座り込んでしまった。
「ひゅ、日向サン…」
しかし脱力している場合ではないと、己の身体を叱咤して日向を助け起こそうとする金を、ふみこはおかしくて堪らないと笑いながらそれを止めさせる。
「よく聞きなさい、可愛い大きな坊や。犬を飼うなら躾けはきちんとしなければね」
「ふみこサン…」
光太郎程ではないにしろ、私は貴方を気に入っているの…と耳元で囁かれても、物凄く困る。
「さ、これでどう?」
どうよと聞かれても、金は答えようがない。
確かにことをしたがる日向に対し、『どうにか』する方法はないかとふみこに相談を持ちかけたのは金自身だが、流石にこれはちょっと可哀想だと思ってしまう。
そもそもこれでは日向『を』どうにかする方法である。
「手を出されて嫌な時は、こうやって叫べばいいわ」
「は、はぁ…」
「く……ッ……」
哀れ日向は伸されたままだ。
「さてと。犬の件はこれで片付いたから…後は貴方から報酬を戴くわよ?」
「?」
「おとなしくしていなさい」
「??」
床に座り込んだままきょとんとこちらを見上げている金の顔を、ふみこは優しく両手で挟み込み。
「なんだかご褒美のようだけれど、今回はこれで我慢してあげる」
「???」
そう言って、艶やかににっこりと微笑んでから…
「いいコにしていなさいね」
「!」
うちゅーっと、そんな擬音がしそうなほどに濃厚極まりないキスをしてきたのだ。
「ん…ぅ……ッ……んーッ!!」
これには金はただもう大パニックである。
何も腕力では十分勝っているのだから、ふみこの身体を押しのけるなりすれば良いのだろうが、パニックで萎縮して思うように身体が動かせない…。
否。
萎縮して動かせないと言うよりも、実はこのふみこのキスが(日向のそれとはまた違う意味で)気持ちが良すぎて動かせないのだ。
「………」
「ふ……ッぅ……」
「………」
「…ん、ンン……」
「………」
「………ン………」
しばらく思いのまま金の口内を貪っていたふみこだったが
「これくらいでいいわ」
と、さも満足そうに唇を離して金の瞳を除き込む。
「………っ………」
「あら嫌だ。大きな坊やったら、これくらいで音を上げちゃったのかしら?」
そばにあったソファに寄りかかるようにしてくったりと身を投げ出し、酷く潤んだ瞳で困惑げに自分を見上げてくる金を、魔女はしてやったり顔で見返した。
「オゼットぉぉぉぉぉぉ!」
怒りのなせることか、はたまた金への愛故か。
恨みのこもった、まるで吼えるような声に呼ばれてふみこがそちらへ視線を移せば、日向が己を押しつぶす重力に負けじと、なんとか起き上がろうとしているではないか。
うかうかしていたら面倒なことになりそうだ。
「そうそう、それ。
錬金術特製の金属で出来ているから、貴方が取ろうと思っても取れないわよ。
因みに外せるのは私だけだから、それを忘れないでねオオカミさん」
一応日向の首に嵌めた(…)のは金なのだから、本当の意味で外せるのはこちらなのだが、それを教えてはこれからの楽しみが減るからと、ふみこはわざと教えない。
「困ったことがあったらまたいらっしゃい。尤も、その見返りを今回のように貴方自身で払うつもりがあれば、の話だけれど?」
最後に駄目押しとばかりに、ふみこは金の唇へ触れるだけの軽いキスを残してドアへと向かった。
「あとはオオカミさんに始末してもらうといいわ。じゃあね」
そして徐に携帯電話を取り出し、掛けた相手はなんと…。
「ああ、少年?君の所の所長が、都合で今日明日中は事務所に顔を出すなと伝えてくれとのことだったわ」
玖珂光太郎だった。
「うん?今日は事務所に泊まるつもりだった…?
それならば私の屋敷に泊まりなさい。…大丈夫、獲って食べやしないわよ」
事務所を出て、一呼吸置いてからぱちんと小気味の良い音を立てて指を鳴らせば、瞬時に呪縛(…)の解けた日向のふみこへの凄まじい罵声と、そしてそれに負けないくらいに大きな、哀れにも聞こえなくもない金の悲鳴が響き渡る。
「やっぱりいい気分転換になるわ、あの二人をからかうのは」
「しかしお嬢様、これでよろしいのですか?」
「放っておきなさい。…あの馬鹿共はあれで十分仲良くやっているの。
まともに相手をしていたら、こっちは疲れるだけだよ」
事務所の中で一体どんなことになっていようが、ふみこにとってそんなことは知ったことではない。
だが、せめてもの心遣いで人払いくらいはしてやろうと思ったのだから、有り難いと感謝して欲しいものだ。
「今夜少年が泊まるわ。部屋の用意、お願いね」
「畏まりましてございます」
すでにふみこの頭の中にあるのは、どうやって光太郎をもてなしてやろうかという事だけだった。
……ふみこの前に敵はない。
《大迷惑・終幕》