年に一度の大切なその日を前に、光太郎と小夜は悩んでいた。
「…絶対条件は、喜んでもらえるものだよな」
「そうですね」
毎年その日にあわせて揃って贈り物を用意している二人は、多大にお世話になっている日ごろの感謝の気持ちを込めて、今年も例に漏れず件の人物が喜んでくれそうな贈り物を考えていた。
…が、今年は打ち合わせが難航しているらしい。
「喜んでもらえて、実用的で、あとは…予算か」
「…そうです、ね」
予算といっても、懐が寂しいという意味ではない。実は二人にとってはむしろその逆である。
光太郎は自分の探偵としての収入から、そして小夜は社会勉強の一環としてコンビニでアルバイトをしているため(基本的に無駄遣いをするような性格ではないこともあり)予算はそれなりに準備できる。
「今年もふみこたんが一口乗るんだろ?…下手なもん考えて、祝われる当の本人が腰を抜かしそうな最高級品を用意されても、全然祝ってることにならねえし…」
加えて二人の背後には【あの】偉大なるいと美しき長い髪の魔女がついているわけで。
最初の頃は二人とも純粋に【贈り物として定番、かつ喜んでもらえるもの】を考えていたのだが、物にしろ食べ物にしろ、とてもじゃないけれど【ありがたく】【気軽に】食べたり使ったりできるような代物ではなかったため、喜ばれる前に冷や汗をかかれてしまったのだ。
食べ物は全員で頂くことにしたものの、悲しいかな、二人とも味覚が庶民的すぎてそれが本当においしいのかどうか判らなかったという顛末がある。
「おっさんは喜んでたけどさ、キャビアって何処が上手いのか全然わっかんねーんだけど」
「日向さんは喜ばれてましたけど、西洋のキノコは香りが強すぎて、その、私にはどうにも…」
「ウニは美味かった。…でも。だからって山盛りで出されても濃すぎて飽きる」
「いつだったか、西洋のお菓子はお好きなはずで良いと思いましたが、実はお酒が入っていたせいで大変なことになりましたし」
「そういや去年贈った酒だって、飲みきれないからって結局おっさんがほとんど空けたって聞いた」
「確かにお酒はほとんど嗜まれないので、もう選ばない方がいいですね」
「前々回の事務所の鍵は喜んでもらえたけど、何回も使える手じゃないしなあ」
「前回は異世界から戻られたばかりで、お祝いどころではありませんでしたし」
「……で、どうするよ」
「……どうしましょうか」
毎年毎年(たとえどんなぶっ飛んだ)贈り物になってしまっても、狼狽えつつもしっかりと受け取り、律儀に感謝の気持ちを述べてくれる相手を慮り、流石に今年こそは【心の底から喜んでもらえる】贈り物がしたい。
そう思って今年こそはと知恵を出し合おうとしているのだが、如何せん二人ともネタが尽きている様子。
お陰で作戦会議と称しているが、揃って『どうしよう』と頭を悩ませているだけだった。
………が、今年はちょっとばかり知恵または予算を出す面子に変化が見られていたりするわけで。
「お前たち、辛気臭いな」
「辛気臭いって、ひっでーなキム子さん」
「確かにそうねえ」
額をつき合わせるように云々と考え込んでいた光太郎と小夜に、黙って事の成り行きを見ていた魔女…否、ふみこ.O.V.と一緒に茶を愉しんでいた女性が口を挟んできた。
「私の可愛い大正への贈り物だろう?だったら自分たちがいいと思ったものでいいじゃないか。アレはその気持ちだけでも喜ぶぞ」
「だから私に任せておきなさいと言ってるでしょう。…いつまでも決まらないのでは、当日に間に合わなくてよ」
…茶を愉しんでいた女性…金美姫という名のその人物は、件の人物の従妹という割には少々どころか大分灰汁の強い性格で。
言葉通りに取れば「気持ちが篭っていれば悩む必要はない」ということになるのだが、己の従兄に対して並々ならぬ執着心を見せるこの女性の言葉にはそれには納まりきれない、ちょーっと参考にしたくない意味が込められているから困るのだ。
「や、俺たちキンさんに感謝の気持ちを伝えたいんであって、間違っても告りたいってわけじゃねえし」
美姫が常に何かあると「私の大正」と言って周囲を憚らない想いの強さは立派かも知れないけれど、それは光太郎たちにとっては別問題だ。
大体そんなことをしたら、件の人物である金大正のそばにべったりと張り付いている、血筋だけなら立派な己の上司のせいで余計ややこしくなるので下手に突付きたくはない。むしろスルーしたい。
というか、今では【間違ってもああいう大人にはならないようにしよう】と見本になるくらい見事な反面教師になっている己の上司に、光太郎はげんなりとした面持ちで大きなため息を吐いた。
「大正が気にするから出来る限り低予算で、しかしお前たちは盛大に感謝の気持ちを伝えたいんだろう?…簡単なことじゃないか」
「………どんな?」
「………どのような?」
だが美姫は特に気にした様子もなく、万能執事が淹れた新しい紅茶の香りを楽しみながら、ふみこの同意を求めるようにくっと口の端を上げて妖艶な笑みを浮かべてみせる。
「そこに私の恨み辛みも込められた上にオゼットにとっては退屈しのぎの余興にもなる、一石二鳥どころか何鳥にもなる手だ。…乗るか?」
「あら、興味はあるわね」
「…本当にキンさんが喜んでくれるんだろうな?」
「却って気遣われてしまうことにはなりませんか?」
「ふん、私を誰だと思っているんだ。絶対大正を喜ばせる自信がある、任せておけ。その手というのはな…」
美姫があまりにも自信満々でそう言い切ったため、ふみこはともかく光太郎と小夜は半信半疑でその考えに耳を傾けたのだが…。
「あ、それいい!」
「間違いなく金さんは喜ばれますね!」
「…ふうん、なかなか面白いんじゃない?」
美姫が自信をもって言い切っただけあって、光太郎たちは揃って納得して同意し(それどころかいくつか考えを継ぎ足して)今年の贈り物はそれに決めた。
…………そして、準備万全で迎えた7/10の金の誕生日。
「…コレは…ッ!」
今年は無事に皆から誕生日を祝われる事となった金は、皆が知恵を出し合って決めた【贈り物】を目にし、細い目を最大限に輝かせて感激を露わにしていた。
「あ、キンさん本気で喜んでくれてる。良かったー」
「本当に良かった。美姫さんの仰られたとおりでしたね」
「ふふ、いい反応ね」
「当たり前だ、私の大正だからな」
「…お前ら…」
よほど贈り物に感激しているのか、はにかむようなものでなく頬を上気させ興奮を隠し切れない様子で破顔している金の姿に、約一名を覗いて大いに満足げになったというのに。
その残りの一名だけは、金への贈り物を目にした途端送り主達へ今にも牙を剥きそうな具合で怒りを向けていた。
「いつもいつも手の込んだ贈り物をしてくるから、今年もまた何かよからぬことを考えているだろうと思ってはいたんだが。アレはないだろ、アレは!」
「うるさい黙れ犬。私の大正が喜んでいるんだ、何が悪い」
「黙りなさい日向。それともあえて黙らされたいのかしら?」
「キンさん喜んでんだからいいじゃん」
「今日は金さんのお誕生日ですし」
しかし(いつもの事ながら)誰もその声に耳を傾けようとはしなかった。むしろ白い目で見られ非難される始末である。
「キンさん、嬉しいか?」
「エエ、エエ、とても嬉しい、思うデス。皆さん本当にアリガトウゴザイマス!」
「これ一つではありません。金さん、何枚かめくってよくごらんになってください」
「……あ……アア!」
「ふふ、驚いた?」
「驚くシマシタ!」
「お前が喜ぶだろうと思って、皆で用意したんだ。…大正のためならこの馬鹿犬…じゃなくて、日向だって喜んで協力するぞ」
「俺は何も……ぎゃ!」
一人冗談じゃないと抗議しかけた日向でしたが、ふみこと美姫に左右から挟まれピンヒールで足を踏まれたため、最後まで言い切ることが出来ません。
「嬉しいデスね、【大神日向サンのお腹毛もふり放題券】に、【大神日向サンの毛皮丸洗い券】、【大神日向サンを抱き枕し放題券】に、【大神日向サンの肉球もにもにし放題券】…他にも色々あって、なんて素晴らしい!」
今年の贈り物は、大神変化済みの日向が大層お気に入りの金のため、変化済みの日向を色々好きに出来ちゃうチケット(しかも各種10枚綴り)で。
ご丁寧に【この券を使った時は絶対服従】と注意書きされているあたり、金の身の安全も考えられているアフターケアもばっちりなその贈り物に、日向以外の全員が納得して満足そうです。
そう、手書きのため掛かった費用はチケットの紙代だけという素晴らしく低予算ながら、金にとってはこの上ない実用的で喜んでもらえる贈り物に全員大満足です。
「……所長。キンさんのためなんだから、嫌って言うなよ」
巻き込まれた日向に反論の余地はなく。
それどころか目を輝かせたまま、チケットを握り締めて期待の眼差しでこちらを見ている金の姿に、結局反論も何も出来ず言うとおりにしてしまう日向が居たとか居なかったとか。
…今年の金さん生誕日も、結局日向が弄られた結果になったようです。
【大円陣・完】