大切な人達からの好意を無げにするなど、真面目で律儀が服を着ているような青年に出来るはずもなく。
しかし、だからと言ってその好意に対し素直に喜ぶ事が出来るかと言うと、また別の話になるから。
「………」
だからこそ、金大正は今盛大に固まっていた。
「あれ、キンさん反応薄くないか?」
誕生日のお祝いにと渡されたプレゼントを受け取ったものの、リボンだけでも十分立派なそれをそろりとほどき、包装紙も丁寧外した途端絶句してしまった金の反応に、真っ先に首を傾げたのは玖珂光太郎だった。
「っかしいなぁ」
「本当ですね…」
「所長が牙剥き出して煩く言うからさ、ちゃんと考えたってのに。なあ?」
「はい」
なー?と首を傾げて隣にいる立つ少女…結城小夜に確認を取れば、彼女もまた光太郎と同じように首を傾げるだけで。
「俺と小夜たんが無理しない範囲で出し合って、ついでにかさばらなくて実用的なものってことで、考えに考えてこれにしたんだけど」
「はい。ふみこさんもこれならば大丈夫だと、そう仰られてましたが」
子供達にしてみれば、彼等なりに真剣に考え抜いてのプレゼントだったため、喜びというよりも困惑を露にしている金の姿には肩透かしを食らったようなものなのだろう。
「…あ、あの、私は別に嬉しくない、そんなつもりはナイですよッ!」
明らか様に意気消沈してしまった二人をなだめるように金がフォローに入るのだが、普段賑やかな二人がこうなると中々気分を浮上させるのが大変なのに。
…それが分かっていても、金はフォローするだけでプレゼントに対して手放しで喜ぶことは出来なかった。
(ふみこさん、何故止めるして下さいマセンでしたカっ!)
ほとほと困りはてながら金が心の中で訴える相手は、きっとこうなる事を予想…というより確信して二人に手を貸したであろう、いと美しき長い髪の魔女。
金が絶対に頭の上がらない相手でもあるふみこ・O・V。
事ある毎に(暇潰しと称しては)何かしらの騒ぎを起こす(ように仕向ける)人物なだけに、今回も洩れなくそうであると金は即座に理解するのだが。
「……」
「あれ。所長何怒ってんだ?」
「何事かおありですか?」
自分の隣に立ってプレゼントを覗きこんでいた日向が、先ほどから一言も発さずにいることに、今までの経験から金は顔をこわばらせた。
「わ、私、お茶を、淹れるしてきま…!?」
このままではマズイと瞬時に判断した金が、子供達からのプレゼントを持ったまま台所と呼べなくもない給湯室に逃げ込もうと腰を浮かせれば、いつの間にか日向の片腕が金の腰に回されていて。
「ちょっと、日向サン…」
「…おい馬鹿弟子」
「何だよ馬鹿師匠」
「お前は俺の話の何を聞いていたんだ?」
日向はとてもとても低い声で、全ての感情を殺しているのか硬質なそれで自分の弟子に問えば、呼ばれた光太郎は光太郎で怯むことなく言葉を返す。
「なんだよ、所長がうるせーからちゃんと小夜たんと話し合って…」
「その話し合いの中身が根本的に間違ってるんだ!」
「痛ぇっ!」
自分の上司が何故怒っているのか全く分かっていない光太郎が素直にそう答えると、日向はとうとう怒りを隠す気も失せたのか、弟子の脳天に間髪置かずにゲンコツを食らわせた。
「日向サン、いきなりソレは…ッ!」
「……」
「…エ、と…」
「……」
腰に手を回されているために給湯室に逃げることが叶わず逆に間近で見てしまった金は、ついいつものくせで反射的に光太郎を庇ってしまったが。
しかし自分が手にしている物が原因であると分かりきっているだけに、金は日向の手前今一庇いきれない。
「あの、離す…」
「…よくもまあ、毎年毎年飽きもせんでこれだけ思い付くもんだな」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないって、いてーよ!」
弟子に一発食らわせて(一応)満足したらしい日向は、いつの間にか金を背後から抱き込むように両手を腰に回していて。
その上(痛みにうずくまったままの)光太郎と(それに声をかける)小夜からじりじりと距離を取り、金がもたもたして逃れられずにいると目の前には寝室へのドアが迫っていた。
「…ちょっと…日向サン…」
日向にとって寝室は一番安全であると同時に金にとっては一番危険な場所でもあるだけに、さすがに従い兼ねると金が抗議しようと足を踏ん張った、まさにその瞬間。
「ど こ に い く つ も り ?」
いと美しき髪の長い魔女の凛々しくも棘のこもった声が、H&K探偵事務所内に響いた。
「出たな諸悪の根源」
突然現れたことについては(すでに突っ込む気にもなれないのか)あっさりと無視し、それでも金の腰に回したままの腕に力を込めてそういい切る姿は威嚇そのもの。
「お前なあ、なんで毎年毎年ここまで嫌がらせを思いつくんだ、暇つぶしならお断りだ!」
「人聞きの悪いこといわないで頂戴。それに毎年今日のこの日の贈り物は金を祝うためであって、間違ってもあなたで遊ぶためなどではないわよ」
「………」
ねえ?と同意を求められても、日向から抱き込まれたままの金はそれにハイと頷くことなど出来なくて。
それでもふみこを前につい反射的に肯定しそうになったところで、先ほど光太郎たちから渡されたプレゼントを落としてしまった。
「ああ、スミマセン…!」
「ふみこたん、ひでーんだよ。折角キンさんにって選んだってーのに、所長が難癖つけるんだぜ」
「一体何がいけなかったのでしょう?」
慌ててそれを拾う金の背後から、納得行かないと飛び出してきた子供達の言い分に、我らがふみこ様の片眉がぴくりと反応を示す。
「可愛い大きな坊や。あなたにとって、これは十分役に立つ、そうじゃなくて?何せ日向の耳専用に調整してある犬笛なのだから」
同意を求めるというよりは脅迫に近いそれに金はうろたえるが、それ以外にも内心「ちょっといいな」とときめいていたのが原因で隣に立つ日向を窺い見るのが怖かった。
「…………エート…………」
「ああ、そうそう。犬笛だけじゃ物足りないかと思って、私からはこれを」
「…………………アリガトウゴザイマス…………」
日向の機嫌がどんどん悪くなっていることを承知で、ふみこが差し出した更なる誕生日プレゼントはというと。
「あ、ふみこたんこっちにしてくれたんだ?」
「私たち、これとどちらにするか迷ったんです」
………日向の大神変化対応であることが一目瞭然の、ワンちゃんお出かけセット一式だった。
「お前ら!こいつの誕生日にかこつけて、毎年毎年俺に対する手の込んだ嫌がらせはいい加減にしろっ!」
怒りのあまりつい大神変化してしまう日向に、うろたえそれでも必死で宥めつつも心の中で全部使ってみたいと金が思ってしまったのも見慣れた光景。
……H&K探偵事務所はやっぱり今日も平和です。
【あなたのために?・完】