金美姫的浪漫そのニ



それは、今いま冬に入ろうとしているある日の事だった。




「………」


右手にCMでお馴染の熱冷まし用シートを、そして左手には某有名スポーツドリンクのペットボトルを持っていた日向だったが。



「お前さん、一体何をやっているんだ…?」




本来いまから向かうつもりでいた場所で寝ている筈の人物が、何故か周囲を窺うような警戒心丸出しの様子でそこの扉の陰から顔を出していた為、心配する以上に呆れてしまった。

「風邪くらいで寝込む、してる場合違いマス…」

日向にとってその相手とは、良き仲間であり相棒であり時として誰よりも優秀な助手であり、そして…何よりもまず大事な《恋人》である金大正。

「寝ている場合、違いマス」
「待て待て、まっすぐ歩けもしないヤツが何を言ってるんだ?!」

熱で潤む瞳で日向を見据え、しかし身体は制御を得られずふらふらと揺れては壁にぶつかりまくるという、普段の彼からはまるで想像出来ない奇っ怪さに、日向の胸中には違う心配が押し寄せてくる。

「おい金」
「逃げる、しないと…」
「何?」
「美姫から逃げる、しないと…ッ!」
「はぁ?!」

しかし金が奇っ怪なのは行動だけでなく、顔面から壁に激突しかけたのを日向が寸での所で庇って己の躰に抱き込めば、今度は息も絶え絶えに従姉妹から逃れる必要を訴えてきた。

「あのお嬢さん、お前さんの命を狙ってるってのは本当だったのかっ?」

どう見繕っても金に甘えなついているようにしか見えない美姫だが、出会った時に言っていた暗殺の話が本当だったのかと青くなる日向だったが。

「…な、ワケはないな」

風邪で高熱に犯されているとはいえ、命を狙われている割にはあまりにも緊張感に欠ける金の行動に、日向はすぐに肩の力を抜いて手にしていたスポーツドリンクを口に含ませてやる。
抱えた金の躰は異様に熱く、だからこそかなりの高熱を発しているのが伺えるのだが。

「逃げマス…私逃げマス…」
「おいおい!」
「私は美姫から逃げマス…」
「しっかりしろ金!」

遠のく意識でなお美姫から逃げようとしているため、金に某魔女とはまた違う意味の災難が降りかかっているのだと、そう(なけなしの)古の血が知らせてはきたものの。

「…あのお嬢さんは、まがりなりにも医者だよな…?」

逃げようとしている相手が医者として致命的な欠点があると風の噂に聞いているものの、それもこの金がそばにいればその悪評高い左腕の震えなど全く起きないらしいから、腕が信用ならないという理由ではないと推測できてしまう。

「逃げマス…逃げ…」
「分かった分かった。俺がお前さんを守るから。だからまず今はおとなしく休め。な?」
「……ひゅうがサン……」

日向なりに自分に降りかかる災難を諦めて、とにかく金を守るべく覚悟をきめたというのに。


「俺の大事なお前さんを、絶対に守るから…」
「………」
「金?」


悲しいかな、その日向に抱き締められた状態でとうに意識を手放していた金には全く聞こえていなかった。






丁度その頃。






「美姫」
「なんだバトゥ」
「その…従兄殿が倒れたらしいというのに、そんなに喜んでいるのは何故だ?」

バトゥの指摘通り、うきうきとして今まさに踊り出さん状態にいる美姫だった。

「私の可愛い大正が倒れて、この私が喜んでいるだと?失礼な」
「そう言いながら、思いきり笑顔なんだな…」

恐らく医療用なのだろうが、仁王剣の入っているバッグよりもさらに大きなバッグを持ち、時折何かを思い出しては笑い声をあげるのだから、バトゥとしては金よりも美姫の方が心配になってしまう。

「随分と大袈裟だな。そもそも従兄殿程の術者が、いくら酷いとはいえ風邪くらいで死ぬとは思えんが…」
「当たり前だ。私の大正はそんなヤワじゃない」
「だったらその大荷物はなんなんだ?」
「そ、れは」

会話の流れから行って、バトゥの疑問は最もで。

「大正を診るのに、コレがなくては話にならない」
「何?」
「コレは私のロマン其の2に必ず必要なモノだ」
「ロマン…?」

だがそれに対して美姫は一瞬だけ言葉をつまらせてから、後は先程以上に喜びに目を輝かせて振り返った。



しかし。



「美姫…」

その荷物の中身を知った瞬間、最早たしなめる気力さえ失せバトゥは凍りついた。

「ふっふっふ、これがようやく役に立ちそうだ」
「…………」

鞄の中には確かに診察に必要なモノもあったのだが、どう素人目に見ても全くいらないだろうと、そう言わざるを得ない無関係かつ怪しげなモノがぎっちり収まっていて。

「子供の頃は大正が嫌がったから出来なかったが…私が医者になったからにはそうはいくか」
「…本気か」
「当たり前だろう。しかも《お医者さんごっこ遊び》ではなく正真正銘《お医者さん遊び》だぞ。
あれは元々色っぽいが、風邪で弱っていたらますます色っぽくなってるだろうから、いじめ…じゃなくて診察甲斐がありそうだ」
「…………それは診察とは言わん…………」
「バトゥ?」

まさかまさかとは思っていたが、いざこうして実際に語られてしまうと、バトゥの精神的ダメージは殊のほか大きくて。


「…ということが原因だ。彼でなくとも誰だって逃げたくなる。
だから従兄殿を連れて地の果てまでにげろゲンノジョー!」


と、こっそり隠し持っていた携帯に彼らしくない大声で叫び出し。


「裏切り者!私の夢を壊す気か?!」
「人聞きの悪い事を言うんじゃない!」


そしてがっしりと美姫をホールドして動けないようにし、わずかながらも日向達が逃げる時間を稼ぐのだった。







さてはて、美姫のバッグの中身はなーんだ?








【小さな恋のロマンス・完】




美姫さんは、子供の頃から大正さんが大好きです。
大正さんも、子供の頃から美姫さんが大好きです。
が、その好きの意味はかなり(というか相当)違います。
美姫さんの(過剰すぎる)愛情が、大正さんの「女性が
苦手」な性格を作ったのだと勝手に想像で妄想〜。
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