「ねえ日向」
「……なんだ」
「今年の金の誕生日なんだけれど。貴方、今年はどうするつもり?」
「あいつの手を取って、毎年飽きずに邪魔しにくるお前らからの愛の逃避行」
金のことで話があるからと、そう呼びだれてやってきたのは年齢不詳の魔女の館。
出来ることならば寄り付きたくはないとそう常々思ってはいても、呼び出された内容が内容なだけに無視することもできず。
指定された時間に(不承不承)やってきた日向は、万能執事の茶よりも先にまるで天気の話でもするように投げかけられた言葉に、毎年恒例の騒動を思い出して思わず先手を打ってしまった。
「………どこまで本気で言っているのかしら?」
「九割九分九厘」
「あら、笑えない冗談が上手くなったこと」
「………………」
ころころと軽やかに笑うふみこだったが、己を見つめる瞳が全く笑っていないことに気づき、とりあえず日向は無言でその冷笑をやり過ごす。
そしてふみこの方も、相変わらず金のこととなると懐が狭くなりすぎる日向に、内心では盛大に呪いの言葉を投げつけ毒づいていたりするのだからお互いさまである。
「馬鹿馬鹿しい冗談はさておき。今年はちょっと私に手を貸して欲しいのよ」
「イヤだ」
「……内容を言う前に断ると?」
「お前のそれは大抵ロクな事にならない」
「言ってくれるじゃないの」
言うもなにも、(いつも)大抵ふみこの思い付きのせいでとんでもない目に遭っている日向は、流石に警戒心を露わにして今すぐにでも屋敷を後にしようとして…。
「……なんだお前ら……」
部屋の扉を開けたところで待ち構えていた面子に出くわし、呆然と立ち尽くしてしまった。
「ふみこたん、所長はなんて?」
「金さんのために協力していただけるのですか?」
「わが盟友の為、いざ尋常に覚悟いたせ犬!」
「……この場合、俺はどこから問いただせばいいんだろうな」
三者三様それぞれ丁寧に突っ込みを入れたくなった日向だったが、殊の外目の前の面子が真剣な眼差しで自分をみていたため、しかもどうやらふみこ同様金の為にどうしても日向の手を借りなくてはならないと口を揃えているために、ひとまずこの場を去ることを思いとどまって改めてふみこに向き直る。
「あいつに今度はナニをやらかすつもりだ」
「何よその言い方は。まるで私がいつも何かしでかしているみたいじゃない」
「ことある毎に退屈凌ぎに金(と俺)で遊んでいるくせに、少しは自覚を持て!」
みたい、ではなく実際事の発端は全てといって良いほどに、この目の前にいる魔女に起因しているのだ。
そしてそれをさらに強化しているのがこの自分の背後にいる面子で…と文句をつけようとした日向は、はっと気がついた。
「今日は金の誕生日でしょう。
それなのに金で何かしたりなんかしないわ。貴方がおとなしく言うことを聞けばすぐに済む話よ」
「金さんを喜ばせるためです。そのためにどうしても日向さんのご協力が必要です!」
「キンさんってば、何か欲しいとかいわないんだもんなー。本当ならもっといいプレゼントが
用意出来そうなのによ」
「全く以って不本意だが、我が盟友大正殿を心の底から喜ばせるには貴様の存在が不可欠。
故につべこべ言わずおとなしく協力しやがれコンチクショウでござる」
「……………オイ…………」
何故、全員揃いも揃って自分に協力を「強制」しているのだろう。
そして何故、じわりじわりと前後から包囲されなくてはならないのだろう。
そんな状態に「マズイ」と危険を察知してみたものの、それはすでに後の祭りというもので。
「ふふ。貴方の大切な大きな坊やの為だもの。一肌も二肌も脱ぎなさい」
「だあッ?!」
ふみこがいっそ憎たらしいほどに、小気味の良い音を立てて軽く指を鳴らせると同時に、残りの面子がこっそり後ろ手に隠し持っていたらしい何かを、一斉に日向目掛けて浴びせてきたのだ。
「なに……を……っ!?」
「金さんは絶対に喜ばれますよ!」
「アレだけは本当にキンさん好きだからなー」
「ウム、あれだけは駄犬の唯一の取り得でゴザル。大正殿はきっと喜んでくれること間違いナシ!!」
『おまえらああああああああああああああ!!(怒)』
途端に自分を中心に物凄い勢いで空気が歪み、同時に己の身にもとんでもない変化をもたらされた日向は、瞬時にふみこ達の意図に気づいて怒鳴りつけようとするも。
「…小夜、あなた掛け過ぎたんじゃない?」
「え?…一瓶全部かと思って…」
『……ちょ…………ッ………と、待…………!!』
「キンさんの為だし。大丈夫だろ?」
「ウンウン、大正殿の為ならコレは殺しても死なないヨ」
『……………!………………!!』
そうしたくとも強制的にそれが出来ない状態に追い込まれ、しかも思考能力すら奪われる事態になってしまい、そこから日向の意識は途切れてしまった。
そしてその後。
「…………何ですか、コレ………(汗)」
【それ】を誕生日のプレゼントだと言ってふみこ達から手渡された金は、大方の予想に反して固まっていた。
『きゅーきゅー、きゅー』
「じゃ、確かに渡したわよ」
「あああああああのふみこさんコレ……」
『きゅー、きゅー』
「キンさんの為に、所長が一肌脱いでくれたんだぜ。だから気にすることないって」
「コータローさん、そうではなく…」
『くう、きゅー、きゅー』
「金さんの気が済むまで、どうぞ構い倒して下さい」
「小夜さん…アナタまで…」
『くう、くう、きゅー、くうー』
「大正殿、貴殿に受け取ってもらえなければ皆困ってしまうよ?だって誰も面倒を見たいと思わないし」
「エエエエエエエエエ?!」
手にしている【それ】の説明を求めるものの、全員揃ってただ渡したかっただけだったらしく、誰一人として【それ】を気に掛ける気配すら伺えない。
しかし、渡されてしまった金にしてみれば、それでまあいいかと諦める訳にはいかない理由があった。
『きゅーっ、きゅーっ、きゅーっ!』
プレゼントよろしく首に色鮮やかな真っ赤なリボンを巻かれて渡された【それ】は、金が見慣れた銀灰色に紫水晶の瞳の人型の彼でも、ましてや大神の血で変化した大きな狼の姿でもなく。
「ちょ……本当にコレ、日向サンなんですカっ?!」
先ほどからしきりに鼻を鳴らしている【それ】は、金の片手で十分に事足りる大きさの銀灰色の毛の固まりで。
ぷにぷにのお腹も、まだその用途を果たす程に成長していないおぼつかない手足も、己の意思で振ることもままならない短い尻尾も、確かに金が喜ぶ要素には間違いないけれど。
その毛並みだけは確かに日向に通じているけれど、仔犬というより、むしろ犬の赤子としか言いようのないほどに小さく幼い姿になっているため、それを日向だと言われて手渡されても金が信じ切れないのは無理も無い。
「日向に間違いないわよ。(…ちょっとだけ、薬の量を間違えたけれど)貴方のために、飛び切り可愛らしい日向を用意したのは私達なんだから」
「はい、皆で話し合って、今年は日向さんにご協力いただきました」
「キンさん、オオカミの所長が好きだろ?」
「で、少々趣向を凝らして、小さい犬を用意してみたヨ」
皆一方的に説明(…になっているんだかいないんだかよく判らない)をすると、後は好きにしてくれと言わんばかりに金(と、日向)を残して去ってゆく。
『くうー、きゅー…』
「……………………」
そして日向探偵事務所には、しきりに空腹を訴える日向から指に吸い付かれている金が残された。
「……デモ……日向サン、元に戻るは何時ですカ……?」
肝心なことを聞き忘れてしまった金だったけれど、懸命に己の指を吸う日向の仕草に激しく悶えてしまい、誰にもナイショでこっそり携帯のカメラに写真を撮りまくったのは仕方のない話だった。
ふみこを中心にこの面子が揃うとやはりろくなことを考えないという現実に、いつまでたっても結局はいいようにされてしまう日向(時折自分)を不憫に思いつつ、今年のプレゼントは結構いいかも知れない……と金が思ったかどうかは定かではなかったりする。
【大災難・完】