とりっく、おあ、とりーと。
おかしくれなきゃ、いたずらするぞ?
ちょっと前までは、そんなに馴染みのなかった外国のお祭りの日。
大久保に探偵事務所を構える日向玄乃丈は、外での仕事を予定よりかなり早めにやり遂げて、その分早く帰れると喜び勇んで帰宅の途についたのだが。
「金さんや?」
「……」
事務所で待っていたはずの同居人は、帰宅した自分を出迎えるどころか寝室に篭っていて。
しかも何故か毛布に頭まですっぽりとくるまっている金を訝しみ、具合が悪いのかと声をかけるも相手からは返事がなくて。
「金」
少しだけ強めの口調で名を呼べば、漸くそろりと現した金の頭には。
「……笑う、していいデス」
「笑うどころじゃないぞ、それは…」
何の冗談か、黒猫の耳が生えていた。
「まさかとは思うが、外れないのか」
「マサカではなく、間違いナイです」
「……しかも動く…ってことは本物?」
「はははは、ふかふかデスよ」
一体何事かと事情を聞き出してみれば、事の原因は案の定、いと美しき長い髪の魔女(と、そのお気に入りの若人二人)で。
「ハロウィン、やりたい思うは別に良いのデスが。…何故私が猫なのか…」
「…待て、悩みどころはそこじゃないだろう」
本来ならば、子どもから可愛い掛け声に応じお菓子を配る立場の金は、たかが子どもの祭りといえど平凡と退屈を嫌った魔女の思い付きにより、例によって例に漏れずいつものように犠牲になって。
「私狼男がいい、ちゃんと言うしたデスよ?」
「…はあ」
ただ金はもともとこの手のお祭り騒ぎが好きなせいもあり、仮装するならば日向のような狼男がいいと主張したという。
「デモ、それは日向サンがいるから却下されて」
最強にして最凶でもある魔女から却下され、代わりにと提案されたのが(よりによって)この黒猫だったらしい。
「まさか本物生やされる、流石に予想外デシタ」
「……」
そう言って盛大に溜め息を吐く金だったが、日向といえば先ほどから耳に視線が釘付けになってしまい、金の声が右へ左へとすり抜けていた。
「……か」
「日向サン?」
「耳、触ってもいいか」
「……ハ?」
金の言葉に合わせて立ったり倒れたりする猫耳が、どうやら日向はとても気になったらしい。
「お前さんから異様に(狼の耳に)執着に近い愛着を感じてはいたが。…確かに目の前にあったら気になるもんだな」
「……あ、あの、日向サンは自分の耳触るが出来るわけで」
「自分の耳を触ったところで何が楽しいもんかね。…お前さんの(猫)耳だからいいんじゃないか」
「ち、ちょっと待…っ……ひゃんっ!」
「おお、何時も以上に感度良好」
にやりと人の悪い笑みを隠しもしないで日向がじりっと近寄って耳に触れた瞬間、身に覚えのあるぞくりとした感覚に、金は瞬時に身の危険を感じて毛布から飛び出し部屋から逃げようとしてみるも、時既に遅く。
「…お…っと」
「いにゃあああああああああああああ〜っ!」
「随分とイイ声だな金さんや」
日向からわざと(逃げ出した身体ではなく)耳と同じく無理やり生やされた尻尾を捉まれ、金は力が抜けるのを堪えきれず大声を上げながらへにゃりとベッドにつっ伏した。
「なあ金さんや。…Trick or treat?」
「な、何…」
「Trick or treat.…お菓子くれなきゃ悪戯するぞ?」
尻尾を捉まれたまま伸し掛かられ、あまつさえわざと猫耳の方に歯を立てながらそう囁いてくる日向を睨みつける金だったが。
「い、いたずら、そもそもハロウィンは子供のお祭…にゃーっ!」
「ないならこのまま悪戯で。…いただきます」
「イタダキマス、何が…私食べ物違うーっ!」
逃げようとすれば尻尾を強く捉まれ、抗議の声を上げようとすれば耳を食まれ、ロクな抵抗が出来ないまま気が付けば道士服を半分以上脱がされていた。
「…三十路大神探偵は道士猫耳萌えの趣向あり、と」
H&K探偵事務所の生活空間にて。
糸目道士の絶叫が響き渡ってすぐに違うモノに変わったその日、いと美しき髪の長い魔女の館では含みをもった彼女の呟きが聞かれたとか。
【08ハロウィン 式神の城編・完】