2006年日向誕生日企画投稿SS









夜空にたった一つのそれは、いつになくとても強く輝いていた。










「…いい夜だ」



それに釣られて出てきた訳ではないとごちながら、今では誰も近寄らない廃墟と化したビルの屋上で一人煙草の紫煙を薫らせるのは、そのたった一つを己の血脈とする日向玄乃丈。




「本当に、忌々しいくらいに綺麗な月夜だな」




そうは言うもやはり己の血は正直で。
その光を浴びているだけで、日頃気付かぬうちに溜め込んでいる不浄な負の気が出ていくのが判る。





「毎度のことながら、憑きモノが落ちるってのはこんなカンジなのかねぇ…」





幾度となく屠ったそれらは還る道を持たず、だからこそ日向の血に繋がる道を求めて内へと潜み。





「…闇を忘れたこの街で、闇を求めて光に還る、か」





擬い物の光よりも唯一の光が勝る時、それは歓喜と共に日向の内より空へと還る。





「羨ましいと、思わなくもないな」





闇が月の元へ還ることで安息を求められるのならば。
…対の光に安息を見いだしていた自分は、還る場所は一体どちらなのだろう。





「…還りたくとも、還る場所がわからないなんてなぁ」





『彼女』ではない眩しすぎる光は己には耐えられないのに。
それでも、もしそこにその姿があるのだとしたら。
…たとえこの身が焼く尽くされてしまうとしても、自分はこの古の血ではなく、己の心が求める彼女の元へと還りたい。









…そう、彼女を失ったあの日から、日向の願いはただ一つ。









還りたくて。

還りたくて。

ただ、還りたくて。



己が屠り続けたモノが迷いなく月へと還る様を羨む程に、ただ、彼女の元へと還りたいのに。




「ったく…願う暇すらないときたか…」




ざわりざわりと空が動き始める気配を感じ取り、何かが動き出す先を見据えて日向は緩慢な仕草で紫煙を薫らせた。





「…悪趣味だな」





自分の本能が還りたいと願う暇すらないことを、疎ましく、そして面倒臭いと思いつつも、やはり日向は闇を屠りに行く。





その行く先に『彼女』であり『彼女』ではないモノがいると気付いてしまったからこそ、日向は己の手で屠りに行く。











こんな形で逢いたいと望んだわけではないのに。

ただ還りたいと、そう願っただけなのに。








日向のたった一つだけの願いは、まだ、叶いそうに、ない。












還ル・【完】



毎年恒例になった江神さんの2006年日向誕生日企画に
寄稿させていただいた、私にしたら少々珍しい日向独白SSです。
まあ、たまにはこんな日向もいいんじゃ…というか、Tの時の
日向が恋しくてこうなったというかなんというか。

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