美姫のささやかな幸せ







金は先ほどから気になっていた。





「小夜サン、こちらお願いシマス」
「はい、判りました」
『…………』
「コータローさんも、よろしくお願いしますネ」
「ああ、まかしとけって」
『…………』
それは、若人二人を見送る金を何も言わずにじっと見つめてくる従妹の視線。

『………』
『…美姫』

何かを言う訳でなく、なのにその視線は美姫が金に何かをいいたげである事を如実に語っていて。

『さっきからずっとこちらを見ているようだけど…私がどうかしたのかい?』

すぐに(一方的に)つっかかる先の日向がこの場に居ない為、それ以外で美姫が何か不満を持っていても、心当りがない金には推測する事が出来ない。

『………』
『美姫、黙っていたら私には判らないよ。
あ…もしかして疲れてるのかな?調度お前の好きな花茶があるから淹れてあげようか』

だが金にとってそれは大したことではないようで、無言のままの従妹に宥めるように小さく微笑んでから、言葉通り茶を入れようと狭いキッチンへと足を向けたその時。

『大正』
『何だい?』
『日本語で話してくれ』
『……は?』

滅多にない美姫の《まともなお願い》に、一瞬何を言われたのか理解できなかった。

『え、ちょっと待ちなさい。私がお前と話すのに何故日本語…?』
『いいから!』

金一族の会話は基本的に韓国語で、しかも幼少の頃は普通の子供と変わらない扱いで育った美姫と違い、言葉を形成する時期に母国語でしか話さない大人に囲まれていた金は、皆がご存じの通りいささかクセのある話し方である。
英語などと違って言い回し方が幾通りにも作れてしまう日本語は、金にとって長年話していても未だに扱いにくく。だからこそ気難しい(のか?)この従妹相手には、余計な意味を与えないようにとの配慮から母国語で話していたのに。

「日本語で話せ、大正」
「…全く…」

その従妹が(何故か期待に満ちた表情で)促すのだから、金としては渋々といった感を隠せないがそれを受け入れた。

「仕方ナイですネ。しかしこんな事を言う、何が理由デスか?」
「…………」
「美姫?」

だが、金が言われた通りに日本語で語りかけてみれば、美姫は歓喜の表情に変わりながらも何も言わずこちらを見つめるばかり。

「美姫?」
「…いいな」
「何が」
「お前が日本語で話すのはいいな」
「……何デスかそれ……」

かと思いきやこんな事を言われてしまい、金は美姫に花茶を煎れようとしていた事も忘れて従妹を凝視した。

「うん、やはり私の大正は可愛いのが一番だな」
「可愛いって…成人男性につける、激しくおかしいデスよ」
「うるさい。お前は可愛いでいいんだ。私が決めた」
「意味が判リマセン…」

美姫の言葉に唖然として立ち尽くす金の手を取り、強引に今まで座っていた長ソファへと引っ張ってくると、そのままそこに座らせてしまう。

「美…」
「膝枕をしてくれ」
「眠い、デスか?」
「ああ」

そう言うが早いが美姫はそそくさと金の膝を奪い、頭を預けるとすぐに瞳を閉ざしてしまった。

「アノ…日向サンが戻るまでデスよ」
「知るか。お前の膝枕は私のものだ」
「………」

長年の条件反射で目の前に広がる艶やかな長髪を撫で梳き始める金は、意味の判らない美姫の行動に振り回されながらも、間もなく帰宅するだろう日向をどう宥めようかと思いを馳せ始める。






(私だけが、気付いている)







一方大切な従兄をよりによって男に取られた美姫は、微睡みの中その相手が知らない従兄の一面に気付いて一人ほくそ笑む。






(大正は、日本語で話す時が一番可愛い)






一族の中で特別な立場にある金は、普段は温和ながらもその重責を受け止め毅然としているのだけれど。そして年下の自分と話す言葉もその通りで、美姫は日々それが気にいらなかったのだが。


先ほど小夜達と話す金の、母国語とは違う少々ぎこちない柔らかな日本語に気付き、韓国語を理解しない略奪者の知らない従兄の一面にも気付いて無理にそれを聞きたがったのだ。





それは、美姫だけが知る可愛い秘密。







【可愛いコトバ・完】


今は撤去してしまったweb拍手お礼用だったネタです。
小噺どころではない長さになってしまったので、SSとして
改めてぽつぽつ打ってみたのですが…如何でしょうか?
脳内補足していけばしていくほど美姫姐さんが可愛い
生き物になっていくんですが。こんな彼女はアリですか?
戻る?