それは、とある平和な一日が終わろうとしていた時のこと。
遅い夕食を終え、それを片付けてからリビングに戻ったバトゥは。
ゆっくりと寛いでいると思っていた美姫が、何やら溜め息を吐いてばかりいる様子に眉を潜めた。
「美姫」
「ん…なんだ?」
「なんだじゃない。元気がないがどうした」
「あぁ…うん。少しな」
自分に甘えるでなく、一人で酷く考え込む姿にバトゥは何も言わすに彼女の隣へ腰を下ろし。
「バトゥ?」
「…駄目か」
「何だと?」
「俺では頼りにならんか?」
「……」
「何があったのかは知らんが。一人で悩むだけで、俺に相談出来ないのか」
美姫がかったるそうに振り返るより早く手を伸ばし、彼女を自分の腕の中へと抱き込めば。
「馬鹿者。私はお前が頼りにならないなんて、そんな風に思ったことなんかないぞ?」
そこで漸く美姫は己の行動に気付いたらしく、自分からも腕を伸ばしてバトゥに抱きついてきた。
「実は今、お前に相談するべきかどうか悩んでいた」
「そうか、それならいい。話したくなったら聞く」
「ああ」
互いを求め合う二人は、美姫の忌み手のせいで体を触れ合わせることですら、未だ気を抜くこては出来ないが。
それでも、美姫の長い髪を掬い取り、バトゥが恭しく口付けるといった些細な触れ合いこそがいかに大事なものであるか、どちらも十分過ぎるほど知っているから。
不安があれば変に隠すことをせずに、必要があれば伝えることを忘れず。
そんな小さな勇気が、二人の幸せ。
【勇気を出して・完】