日向玄乃丈とバトゥ・ハライ。
「…ゲンノジョー」
「何だ」
ひょんな事で親睦を深めたその二人は、事務所の近くにある某所にほんのわずかな時間出かけていただけだった。
「聞くがこの場合、俺達が取るべきリアクションはなんだ?」
「そうだな…1・驚く。2・怒る。それともう一つ」
「それは?」
「3、黙って静かに眺める」
「…なるほど」
「あぁ」
互いに前を見据えたままで言葉を交わす二人の目の前には、静かな寝息を立てる1組の男女が居て。
「選択肢があるのはいいが、さてどうする」
眠ってなおも姿勢良くソファに座る男の胸に、寄り添い頭を預けるような形で髪の長い女が眠っている。
「因みに俺としては3がお勧めだ。
…下手に邪魔してまたお嬢さんに八つ当りされたら叶わん」
「それはお前だけだろう」
言葉は悪いが口調はとても柔らかな日向の紫の双眸が。
「見事に熟睡しているな」
「あぁ…」
「これでは起こすのが忍びないな」
遠回しに同意してみせるバトゥの隻眼が。
「かといって何もしないのも暇だからな。珈琲くらい淹れるぞ」
「ありがたい」
二つの視線が仲良く寝入る二人を優しく見つめ、それにより普段はかなり賑やかな事務所は、束の間ながら穏やかに流れる時間と雰囲気に包まれる。
「これに従兄殿を一人占めされて、お前は妬いたりはしないのか?」
「ハナから諦めた。というより…」
「というより?」
「二人を見ていて思うのは、妬くとかそういう意味じゃないんだ。何か違う」
「……」
「部外者が口を挟むべきじゃないと、そう思うんだが。お嬢さんは、こいつに何か特別な物を求めている気がする。
だからあれだけ八つ当りされても、流石に辟易するが本気でやり返す気にはならん」
「何だ。気付いていたのか」
寝入る二人を気遣って火をつけない煙草を口にくわえた日向の呟きに、バトゥは意外だなと驚きの表情を隠さない。
「まぁ…血の繋がりが原因なんだろうとは思うから、口を挟むべきではないし無理に聞こうとも思わないが」
寄り添いながら寝入ったままの二人は、恋人のような甘い雰囲気ではなく。
「俺とアンタが似ているように、多分こいつらも似たような傷を持っているんだ」
「…だから、それには触れられない」
「アンタは違うか?」
「いや。同じだな」
女が胸に頭を預けているその様は、幼い子供が母親の胸に頭を乗せて、規則正しい音を響かせる鼓動を聞き取り安心するそれと酷似していて。
しかも男が女の身体に腕を回している姿でさえ、恋人というよりも親が子を守るためのそれにしか見えないから。
「好奇心でこいつを傷付ける気は更々ないんでな」
「そうだな…」
だから己の恋人達が自分達を放って二人で仲睦まじく寝入っていても怒る気になどなれる訳がなく、静かな一時を過ごさせてやりたいと思うだけなのだ。
「アンタ、お嬢さんに相当甘いな」
「そのままそっくり返すぞゲンノジョー。
お前こそ従兄殿に対しては、あの魔女が呆れるのも無理はない甘やかしっぷりだ」
「…ぅっさい」
「お互い様だろう」
互いに自覚はあるが直しようがない痛い所を突っ込み合って、後は選択した通り寝入る二人を静かに眺めるために、珈琲片手にそれぞれソファや椅子に腰を下ろす。
ゆっくりゆったり時間が流れる本日の日向の事務所。
これもまた、幸せな一日。
【これも幸せ・完】