ネタはこちらの素敵画像から。(木屋町バード様より)
別に、それが許せなかったわけでなくて。
ただ、悔しかった、それだけのこと。
「オハヨウゴザイマス、日向サンっ」
「おう、おはよーさん」
「スミマセン、寝過ごしてしまって…いま朝食作る、しますカラ」
「いや、そんなに気を遣わなくていいんだぞ?」
慌てて狭いキッチンへを向かおうとする金を、日向はやんわりと制して。
昨夜のことを考慮して、けれどそのことをあえて口にしないでただやんわりと制しただけなのに、それでも金はぼっと顔を赤らめてしまう。
そのまま困惑げに視線を彷徨わせるその姿に、日向は自然と零れる笑みを浮かべて座っていたソファから腰を上げて近づこうとした瞬間……。
「おっはよーさん!!」
ドアを開けるというよりは、壊す勢いで元気よく飛び込んできた光太郎の姿に、それぞれ程よく離れた位置で固まった。
「お、オハヨウゴザイマス、コータローさん」
「お前なあ…遅刻するなと言ったのは俺だが、だからってこんな普通のサラリーマンですら出勤していないような時間に出てくる馬鹿が何処にいる?!」
「まあまあ、落ち着いて下サイ…」
光太郎を見ながら思わず「此処にいます」、と口に出かかった金だったが、なんとかそれ寸でで押し込め、とりあえず日向が不機嫌にならないように軽く宥める。
「いやあ、徹夜で猫探ししてたんだけどよ、気付いたら朝でさあ。腹減ってんだよね」
「だからってなんで此処に朝メシを食いに来るっ」
「キンさんのメシが旨いから」
「……………」
至極当然と光太郎が口を開くたびに不機嫌になっていく日向と、それとは正反対に喜びと困惑の入り混じった表情を浮かべることしか出来ない金。
「…って、ことで」
「あ?」
「メシ食わせて、キンさんっ!」
「はうっ?!」
その大人達の隙を突き、さらに追い討ちと言わんばかりに光太郎は、(事務所入口から)少し離れた位置に立っていた金に抱きつくというより飛びついた。
しかし。
「………アレ?」
「…………イタタ………」
いつもならテコンドーの師範なだけに(多少はよろけるものの)軽く受け止めるはずの金が、何故か己ごと床に転がって呻き声を上げているではないか。
「キンさん??」
「この馬鹿!何をやってる!!」
「なんだよ、いつもやってるコトじゃんか…」
慌てて金を光太郎の体の下から引っ張り出している日向から怒鳴られ、それに納得の行かない光太郎は口を尖らせて抗議の声をあげる。
「金、大丈夫か?」
だが日向はそれに取り合わず、引き寄せられてもまだ顔を顰めている金に声をかけた。
「き、キンさん?」
「ダイジョウブ……です」
「でも」
「ちょっと驚く、しただけデス」
もしかして具合が悪かったのかと恐る恐る声をかける光太郎に、金は弱々しい笑みを浮かべて大丈夫だと口にした。
しかし、光太郎は納得がいかない。
「でも……!」
「……金は今日調子が悪いんだ。だからあんなことはするな」
だから更に問い詰めようとしたところ、金ではなく日向に窘められて更に不機嫌さを募らせる。
「だったら最初から言えばいいじゃんかよ…」
「ス、スミマセン」
「何餓鬼みたいなことで不貞腐れてるんだ。
元はと言えばお前が何の前触れもなく、しかもこんな朝っぱらから押しかけてきたのが原因だ」
「う………」
だがそれすらも日向の正論に封じられる始末。
「まあいい。朝メシなら俺が今から準備をするところだ。それでもいいなら食っていけ」
「えー…所長メシ作れねえじゃん」
「阿呆。パンを焼いて目玉焼きを作るくらいお前でも出来るだろうが」
「………俺半熟がいいんだけど……いでぇっ!!」
出来んの?という疑わしげな視線を向ければ、その瞬間に日向の鉄拳が光太郎の頭上に炸裂する。
「金。簡単に用意するからその馬鹿と一緒に座って休んでいろ」
「…ハイ。スミマセン…」
そのままキッチンへと引っ込んでしまった日向になんとか礼を述べると、金はしゃがんで痛みを堪えている光太郎の肩に手をかけて「ダイジョウブですカ?」と気遣った。
「…………」
「今日は、少し体調が悪くて。良くなったら、コータローさんにも食事作る、しますカラ」
「……なんで」
「ハイ?」
ところが。
「…なんで所長はキンさんのことをやたらと知ってるんだよ」
「エ……」
いつもならばこれで十分機嫌が直るはずの光太郎が、今朝はずっと機嫌が悪いままだ。
不機嫌さそのままに金に詰め寄り、その金が答えに窮していると、今度は更に不機嫌になって金の膝枕を奪い取ってしまった。
「こ、コータローさんっ?!」
「所長ばっかりずりぃ…」
この状況に慌てたのは金だけで、当の光太郎は目を閉じてぶつぶつと呟いていた。
「…………」
しばらく光太郎が愚痴る(?)のを黙って聞いていた金だったが、それも僅かな時間で、結局そのまま、金の膝枕を奪ったまま軽く寝息を立てていた。
「……よっぽど疲れる、したデスかね?」
そんな光太郎の姿に、何も知らず何も気付かない金は見当外れな事を口にしたのだった。
そこからそれほどの間を置かず、パンと卵の焼ける香ばしい匂いが事務所の中を満たして行き。
そしてそれらを人数分運んできた日向が、何故か金の膝枕で熟睡している光太郎の姿にまた怒りを露わにして、金が止めるよりも早く蹴り落とす、その瞬間まであとわずか。
……すなわち光太郎がわざわざ早朝の事務所に訪れるその理由に日向が気付くまで、あと僅か。
【騒がしい朝・完】