幸せをあなたに。
幸せをあなたに。
幸せをあなたに、どうか幸せを、あなたに。
あなたがどうか、幸せでありますように。
「金」
完全な闇になりきれない暗闇の中。
真夜中も大分すぎたとある時間、金は己の異変に気付き目を覚ました。
「大丈夫か」
「え……?」
息がかかりそうなほどに近い距離に日向の気配を感じ、そして掛けられた言葉の意味が判らず金は彼の方を振り返る。
「大丈夫か」
「あ………」
しかしもう一度、一言だけそう声をかけながら日向が金の頬へ指を伸ばすと、彼の言わんとしている言葉に気付き、金は少しだけ身体を硬く強張らせる。
だがそんな金に日向は取り立てて気にした様子も見せず、ゆっくりと宥めるように頬へ、そして眦へと唇を寄せては静かに身体を抱き締め引き寄せて。
何かを問う訳ではなく、何かを取り払う訳でもなく。
ただ、自分の腕の中にいる、金の瞳から零れ落ちる透明な雫を拭い掬い取る。
そして金の方も日向を拒むことはせず、自分の涙が止まるまでそれを黙って受け入れる。
金が流す涙は、守れず失ってしまった幸せ。
これから幾つもの幸せを与えられ、いずれは己からも与えてゆくはずだった幼い命。
金にとっては始まりの、日向にとっては終わりとなった悪夢の犠牲者との思い出。
あらゆるモノがにぎやかで色鮮やかなイルミネーションに侵食されるこの季節、その無遠慮で押し付けがましい幸せを纏った雰囲気は、黙って金を追い詰める。
「大丈夫だ」
何が、とは言わず。
日向は金をそっと抱き締めたまま、零れる雫を拭い掬い取り続けて。
「大丈夫だ…」
この暗闇が、金にとって安らぎになるようにと。
自分にとって金がいるこの暗闇が安らぎであるように、金にとっても自分がいるこの暗闇が安らぎになるようにと。
願いを込めて。
祈りを込めて。
幸せをあなたに。
幸せをあなたに。
幸せをあなたに、どうか幸せを、あなたに。
あなたがどうか、幸せでありますように。
《幸せをあなたに・完》