手当て(式神の城・バトゥ×美姫)
自分の存在自体が毒であると、そう彼女が痛感するのは何度目だったろうか。
「…この毒を忌み嫌いながら、手元から離れた途端惜しくなったかくそジジイどもッ」
古い一族のためでなく、最愛の従兄のためでもなく。
一族の名を捨て全てを捨て、呪いながらも存在意義ですらあった毒の凶手という名さえ捨てようと。
自分で見つけたたった一人の男のために、ただ一人の女としての人生を歩もうとしていた彼女を、個の犠牲で一族を守ろうとする存在が手放すはずもなく。
直系ではないが、いずれも彼女の毒の制御と術の腕では引けを取らぬ者達を集め、白昼堂々とその身の捕獲にと一族からの襲撃を受けた金美姫は、それを退けたものの代償に左腕を切りつけられていた。
「ふん、この私が貴様ら如きに捕らえられるとでも思ったか」
美姫にとって一番の武器であり、同時に普通の女性としての生を否定されてきた左腕は、その僅かな傷口からでも周囲に毒を撒き散らすため、多量の術を使い精神力が限界であっても、彼女は周囲に結界を張ることを怠らない。
「美姫。怪我を見せろ」
しかし、そんな彼女の元へ従兄ではない男性が一人、毒に怯む事無く怪我を見せるようにと近付いた。
「…いい。必要ない」
「俺は見せろと言っているんだ」
「私は必要ないと言っている!」
「美姫!」
その男の名はバトゥ・ハライ。
人々が夢に囚われるという事件で出会い、その存在を認め合い、そして全てを受け入れて互いを支えて行こうと決めた存在。
美姫が一族の名と血を捨てることを選んだ、たった一つの理由。
「私はお前のために近寄るなと言っているんだぞ?それなのに何故、この毒の血に近付く?!」
実際美姫の血が落ちた地面は鈍い色に変わり、結界を張るまでの僅かな時間に触れた緑も枯れて散った。
こんな時、凶手としての自分が憎くて仕方がないのに。
この血のせいで最愛の従兄に不幸を齎したからこそ、二度と同じ過ちを犯したくないのに。
「まだ、私の血は毒なのに…」
なのに、バトゥは自分から毒へ触れようとする。
「腕を出せ」
「嫌だ、バトゥ!」
「出せ。それから…逃げるな」
「な、に…?」
どうにかして結界から追い出そうとする美姫に対し、バトゥは躊躇わずに負傷した左腕を取り、そして普段と全く変わらない声音で拒むことを許さない。
「確かにお前の毒は強い。そして長年その身に留めた分、抜くことがままならないことも俺は知っている。
…だがな。この俺が、今更その為にお前を避けるとでも思っているのか?」
「………」
止血していた髪留めを解き、怪我の様子を確かめてから、職業柄慣れた手付きで手当てをするバトゥは、その言葉通り毒である血に怯むこともなく。
「見損なうな。お前がその毒を断ち切る術を探しているように、俺はお前がそのままでも一緒に居られる術を探している。
確かに今はまだ従兄殿の力が必要だが、それでもお前が恐れているような事にだけはならないような、お前の毒を中和する力くらい元から持っている」
「………でも、」
「俺を想って怯えていることを責めているんじゃない。だが、その為に俺を遠ざけて逃げることだけは俺は許さない。
自分で俺を選んだ以上、そんなお前を選んだ俺を見縊るな」
自分の毒が他人に与える最悪な結果に怯える美姫を宥め嗜め、間違った不安を叱咤して。
目に見えぬ傷に苦しむ自分に気付けない恋人の為に、バトゥは言葉に偽りなく毒に犯されることなく手当てを続けてゆく。
「痛むか?」
「…いや、平気だ」
「そうか」
腕も、心も、痛まないわけがない。
だが美姫がそれを誤魔化しているわけでなく、その痛みに気付けないでいるのだとバトゥは知っているから。
「俺は、お前さんが嫌だと言っても、離れる気はないからな」
少しでも、美姫がいつもの調子で話せるように。
毒を呪い自身を疎み、そのせいでまた彼女が傷つくことがないように。
「誰が離すか。お前は私の嫁だろう、バトゥ」
「ああ、そうだな」
いつもの口癖を言わせることで、せめて彼女自身がその身を傷つけることがないように、バトゥは美姫のそばにいる。
彼女がいつか、自分の前で泣けるようにと願いを込めて。
小噺ブログより移動、一部加筆修正しました。
凶手としての左腕の毒は、美姫の弱さだと思うのです。