2 2003年・冬  〜 困惑


     【 事件 】

 あんなことがあった日なのに、何故か今となっては日付を思い出せないのだが、それは私とpapaが関東地方K県から北海道に移住して二度目の冬、2003年の冬の出来事であった。その年の北海道A市は根雪になるのが遅く、雪が降っては溶けてと地面が常にぬかるんでいた、12月2週目くらいの平日の朝だった。
 私はその現場をよく見ていなかったし、何故かpapaもよく憶えていないという。  

 ポッキーの散歩は毎日排泄をかねて朝、夕、夜の一日3回行っているのだが、いつものようにpapaとポッキーが朝の散歩から帰り、ポッキーを抱っこして風呂場に連れて行き足を洗い終わった後だった。
 足を洗って風呂場から出て、足をタオルで拭いている時、突然ポッキーがpapaの手を血が出るほど噛んだのだった。
 一連の足洗い作業はポッキー自身もあまり好きではない事ではあったが、それで噛んだのは初めてだった。
 papaはものすごい迫力で怒った。
 私もビックリするくらいであった。当然叩くなど体罰は今までもその時もしていないが、大声で叱った。ポッキーは部屋の隅に逃げたが、追いかけて行って怒った。追いかけながら邪魔になるテーブルやイスを音を立ててどかしながら怒った。
 ポッキーは部屋の隅に追い詰められると激しく吠えて、唸って反抗した。papaの迫力も怖かったが、それに反抗して吠えるポッキーも驚く勢いだった。

 そしてその出来事は次の日の朝も同じように起こった。

 次の日も当然papaは怒った。追いかけながらまた、狭い部屋の中の物が動いてメチャクチャになった。
 逃げるポッキーが私の後ろに隠れるように回った。しかし私はここでポッキーを庇うような態度をするとpapaの威厳はなくなるし、絶対に良くないことだと思い、ポッキーから離れた。ポッキーはまた部屋の隅に追い詰められるとものすごい剣幕で唸り、吠えて反抗した。

 実は私もpapaもポッキーに血が滲むほど噛まれたのは初めてではなかった。
 しかしそれ以前の時は、噛まれた後にポッキーから悪い影響を受けることは全くなく、普通に楽しい生活を送っていた。
 しかし今回ばかりは
 『これはまずいことになってしまうかも・・』
と不安になった。

 そしてそれは的中した。

 その日以来、散歩後の足洗いが今までどおりには出来なくなった。
 まず風呂場に連れて行くために抱っこすることが不可能になった。
 今までもポッキーは抱っこされることはあまりなく、風呂場に連れて行く時くらいしかされなかったのだが、抱っこして風呂場の床に下ろすと、下りたとたんに振り向いて腕に唸りながら噛み付くようになった。
 なので抱っこはすぐに断念したのだが、シャワーを足に当てると唸る。足をタオルで拭くと唸る。
 幸いだんだん地面が根雪になってきて足が土で汚れることが少なくなり、以前のようにゴシゴシ洗わなくても済むようになっていたのが不幸中の幸いだった。
 しかし唸られるからと言って足洗いを止めることは出来なかった。
 何故ならそんなことをしたらポッキーの思うツボ、わがままを許すだけだと考えていたからだ。
 『これは権勢症候群なのだろうか?』
という考えが頭をかすめた。

 またこれはその年の晩秋頃より始まった事なのだが、ポッキーが室内でリラックスして寝ている時に身体を撫でると、唸って怒るようになっていた。それで噛まれることはなかったのだが、その日以来さらに、ポッキーに触れようとすると噛み付きそうになり、むやみにポッキーを撫でることが出来なくなってしまった。
 
 以前は耳の後ろや胸、首の後ろなんか撫でられると目を細めてウットリしていたのに・・・
 飼っている愛犬を撫でられないなんて・・・!

 こうして何かにつけポッキーに唸られるようになった。
 そしてさらにはpapaのちょっとした手の動きに反応するようになり、その手に噛み付こうとするようにもなった。
 これは本当にマズイ。一刻も早く何とかしなければ。
 しかしどこに相談すればいいのかわからない。

 パソコンを開いて探し始めた。


     【 相談 】

 まず、ドッグスポーツも行っている、名前を聞いたことがあるスクールを見つけ、メールを出した。
 するとメールで返ってきたアドバイスは
 『服従させるためにリーダーウォークをしましょう』
ということであった。
 しかし全くらちがあかず、意を決して電話をし、ポッキーを連れて様子を見てもらい、訓練なりをしてもらうことになった。

 そのドッグスクールまで高速で片道2時間。
 しかし行ってみると天候が悪く今日は外で訓練が出来ないと言われ、ポッキーの様子すら見てもらうことが出来なかった。
 そして1時間ほど一方的な話をされ、ポッキーを手放すなんて言っていないのに(その時は思ってもいないのに)
 『里親なんか見つからないから処分しかないよ』
だの、
 『直るのに1年はかかるね』
だの、
 真剣になって話す私に対しては
 『奥さん、暗いよ〜』

 私たちは時間と交通費をかけて何をしに来たのだろう?という思いであった。
 ただひとつ私たちが考えたのは、ポッキーは子犬のころからコマンドはよく覚え、何でも出来ることからそれが当然となって、私たちは褒めることを忘れ、出来ないと叱ってばかりいたかもしれない、と反省したことだった。

 今度は、パソコンで犬のしつけについて相談できるHPを見つけた。それはイギリス在住の獣医の先生が、犬や猫の問題行動カウンセリングを行っているものだった。
 まず掲示板に悩みを書き込んだ。
 すると回答が返ってきた。
 その内容は今まで当然だと思っていたことに反するもので『エッ』と驚くものだった。(しかしそれは先生が変わっても、後々のカウンセリングに通ずる大切な事実であった)

 1、 まず私がこだわっていた「権勢症候群」について

 今日本では広く知られ、よく言われていることだが、現在のイギリスでは「権勢症候群」という考え方は疑問視され、そういった考え方は無くなってきており、そのようなものは人間と犬の間では存在しない、ということであった。

 これには『エエッ?!』という感じで、当時の私にはなかなか受け入れ難いことだった。

 2、 飼い主を噛む犬の対処法について

 書籍などにも「効果絶大」と書かれているものに
 「餌、排泄以外は一切犬の存在を無視する」
という方法があり、当時私たちも10日ほど行っていた。
 目も合わせない、いないフリをする、という完全無視である。先のドッグスクールでも「それは良い方法だから続けてみてください」と言われていた。
 しかしこれは全くの無意味で、逆にコミュニケーション不足、運動不足でストレスがたまり悪影響になる、ということだった。
 完全無視の方法はいくつかの書籍で紹介されているし、それが良くない、とは純粋にビックリであった。そして即日「完全無視」は解除された。

 3、 子犬の頃の甘噛みなど、いけない事をした時の叱り方

 これもよく書籍で紹介されているもので、母犬のしつけを真似た
 「マズルをつかんで仰向けにひっくり返す」
というもの。
 ウチも子犬の頃から何度もやっていたのだが、1歳ころになってそれをしようとすると、逆に反抗的になっていた。
 しかしこのような叱り方は犬が本当に子犬のころだけにするもので、この方法をやり続けると飼い主の手や飼い主自身を怖がる原因になる、というのだ。
 この先生が言うには、1歳ころになってそれをやろうとすると反抗した、というのは、子犬が分別のある成犬になった訳で当然の反応だという。

 これも今まで当然のように行っていたことだったので、純粋にビックリであった。

 そして今回ポッキーがpapaを噛んだり、それが癖になってきてしまったことは「権勢症候群」ではなく、私たちも考え始めてはいたが、「恐怖による防衛の噛み」でしょう、ということであった。

 私は今まで、購入から立ち読みまで犬のしつけ本を読みあさっていたし、暇つぶしのようにそういった情報を集めていた。それがpapaに呆れられることもあったのだが・・・。
 自分でも勉強していたつもりだった。
 しかしそれは間違っていたというのだ。
 これからポッキーにどう接して、しつけていったらいいのだろう?

 イヤ〜な一年のしめくくりとなった。ポッキーの「噛み」という攻撃は一向に落ち着く気配はない。とにかくストレスをためないように、噛むことを忘れるくらい一日の運動量を増やして、ディスクもたくさんしてハーディング本能を満たしてやって、イライラさせない、怖がらせないようにするくらいだった。あぁ、来年は本格的にディスクにフライボールに頑張ろうと思っていた矢先だったのに・・・。
 幸せそうに眠るかわいい寝顔に思わず頬を緩ませながらも、不安がうずまく雪の夜が続いた。



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